十二月の冷たい雨を眺めながらレジに佇む中年女性は
一生に一度本気で愛した男のことを思い出していた。
人生なんてたった一瞬燃え上がって
あとは燃え滓(かす)を火箸で転がしているようなものね。
「いらっしゃいませ」
女性は自分の働く店のチラシを眺めながら声を出した。
大根一本二百円。胸肉百グラム百六十円。これは高いわ。醤油一リットル三百二十円。
うちの醤油が切れかけていたから、仕事上がりに買って帰ろうかしら。
「はい、ありがとうございます。四百八十四円になります」
一生に一度、体が溶けそうなくらいあたしが愛した男は
こんな寒い日、どこで何してるのかしら。
自動ドアが閉まったその後に
雨に消える客の背中をぼんやり眺めて
彼女はまた、レジに貼ってある店のチラシに視線を戻した。
何と愚かな。
今出て行ったその客こそ
三十年前、自分が愛した男だったことにも気づかずに!
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