た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

日用雑貨店

2019年12月26日 | 短編

 十二月の冷たい雨を眺めながらレジに佇む中年女性は

 一生に一度本気で愛した男のことを思い出していた。

 人生なんてたった一瞬燃え上がって

 あとは燃え滓(かす)を火箸で転がしているようなものね。

 「いらっしゃいませ」

 女性は自分の働く店のチラシを眺めながら声を出した。

 大根一本二百円。胸肉百グラム百六十円。これは高いわ。醤油一リットル三百二十円。

 うちの醤油が切れかけていたから、仕事上がりに買って帰ろうかしら。

 「はい、ありがとうございます。四百八十四円になります」

 一生に一度、体が溶けそうなくらいあたしが愛した男は

 こんな寒い日、どこで何してるのかしら。

 自動ドアが閉まったその後に

 雨に消える客の背中をぼんやり眺めて

 彼女はまた、レジに貼ってある店のチラシに視線を戻した。

 何と愚かな。

 今出て行ったその客こそ

 三十年前、自分が愛した男だったことにも気づかずに!

 


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