た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 37

2006年06月21日 | 連続物語
 さすがに私は諸手を挙げた。
 「私が行くのがいけないだと? どうしてだ。どうしていけないんだ。あんたにはそんなことを言う資格があるのか。何者なんだ、あんたは? 畜生、どいつもこいつも、死んで幽体離脱して以来、言葉を交わせる同類に遇ったのはこれで二人目だが、会話が通じたためしがない。逆に孤独感は増すばかりだ。最初の風采の上がらない奴はこっちの質問に何一つまともに答えなかった。あんたは風采は申し分ないが、どうなんだ。私の質問に誠実に答える気はあるのか」
 答える気の毛頭ない顔である。夏簾でも眺めるような涼しく無表情な黒い瞳が私を見返す。そこに私が映っているかどうかさえ疑わしい。
 疾風が長い黒髪を舞い上げた。
 「あなたが最初に会った男は」
 「ああ、いぼ蛙みたいな顔をした背の低い奴だった」
 「その男は、私です」
 美女は突拍子もないことを口走るのが世の常だが、幽体離脱の世界でも同じらしい。
 「冗談は生きている間だけにしてくれ。あの男の団子鼻をもぎ取ったらあんたの筋の通った鼻が出て来るはずだったとでもいうのか」
 「その男は私です。ここから引き返してください」
 「なあお嬢さん」
 私は少女に大胆に近づいた。得体の知れない相手ではあるが、たとえ痛い目に遭っても、これだけ美しい存在に痛めつけられるなら構うまい。
 「お嬢さん、あなたは何者なんだ。それだけでもせめて答えてくれ。あなたも私と同じように、不幸な死に方をして成仏できずに彷徨っている口なのか。だったら共に不幸を嘆き合おう。私は君をいくらでも慰めてあげるつもりでいるし、この空の下で唯一無二のよき話し相手になれると自負している。わたしは君と出会ったこの美しい運命を大切にしたいのだよ。しかし君はあの寄り目の団子鼻が自分だと言う。ひょっとして君は────君は────あの団子鼻が化けて私をからかっているのか」
 少女は首を横に振った。初めて私の質問に直接答えたことになる。  
 「私は存在していません」
 千切れ雲が、私を見つめる白い顔に影を投げた。
 
 (つづく)
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