た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 38

2006年06月21日 | 連続物語
 巫女でもあるまいにまた解釈の難しいことを言いおって。だったら私も存在していないのか、と訊き返そうとしたが、喉まで出掛かったところで躊躇われた。そうなのだと肯定されれば、それはそれで意気消沈する。
 存在していないだと。存在していないと言うその存在は何なのだ。存在を否定する存在は否定的存在としてその存在自体が存在せずとも有害である。ああ、目の前の屁理屈女と世の中すべてを私がやってきた哲学もろとも呪詛したい気分である。
 「わかった、もういい。あなたが存在してようがしていまいが、では、この際どうでも良いこととしよう。別な問いに答えてくれ。どうして私はこれ以上昇ってはいけないのだ」
 「下へ降りるのです」
 「お前さんいい加減にしなさい。私はかつてエゴイスティックでない美人に出会ったことがないが、誰一人としてお前さんほどではなかった。お前さんの目鼻立ちは大英博物館行きの価値がある。だが耳はカラスも突かないほど腐りきっているぞ。私の質問が聞こえないか? どうしてこれ以上昇ってはいけないのだ」
 「戻って来れなくなります」
 「なぜなのだ」
 「重力の関係です」
 「重力? すでに重力の支配から自由になったと我が身を自覚していたが。ここにこうして床もなく立っているのが何よりの証拠ではないか」
 「下へ降りましょう。死んだからと言って、地球から自由になるわけにはいかないのです。地上から離れすぎるのは危険です。それよりずっと下に降りてみましょう。あなたはまだ去った世界で見ておきたいものがあるはず。面白いところへ連れて行ってあげます」
 冷血少女の顔が一瞬微笑んだように見えたのは、気のせいかもしれない。私を挑発しているとしたら、この能面少女は今最大限にそれをやっているに違いない。

(つづく)
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