た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

変人

2013年05月14日 | essay
 東京から友人来る。

 なかなかの変わり者で、人気のある観光スポットには行きたがらない。以前冬場に来た時は、川べりで温泉を掘ろうと言って、長靴とスコップを車に積んで秋山郷まで行かされた。そのときは大雪でとても温泉を掘るどころではなかったが、たまたま映画のロケで温泉が掘ってあり、周りの雪景色に一切手を触れない、という条件で特別にその温泉に入れさせてもらった。なかなかツキのある男でもある。

 今回は山梨の夜叉神峠に登山に行こうと言いだした。地図を見ていて、いかにも誰も行きそうにない場所であり、「壮大なパノラマが広がる」という説明書きがいかにも胡散臭いからぜひ行こうと言うのだ。しぶしぶ承知したが、ひどい山道で大変難儀した。おまけに登山口に着いて知ったのだが、入山届を出すほどの本格的な登山道である。時間の都合もあり、結局「壮大なパノラマ」は拝まずに引き返した。しかし帰途に立ち寄った桃の木温泉の露天風呂は泉質、借景ともによく、日常の疲れを吹き飛ばしてくれるほどに快適であった。これだから彼の突拍子もない我が儘につき合うのを止められないのである。

 彼の滞在中、我が家の柴犬が首輪を丸ごと食べてしまう、という事件が起きた。前日の夜に一旦外した首輪をきちんと装着しなかったことが原因らしく、翌朝見てみると、金具の部分だけ残して跡形もなく平らげてあった。牛革の首輪とは言え、恐るべき貪欲さである。問題は、首輪には金属のビスの部分もあったはずで、それが犬の体内でどうなっているか、ということだ。
 
 一同が唖然とする中で、友人が「そう言えばこんなことがあった」と思い出話を語り始めた。小学生の頃、休み時間の教室で、彼は田中君(仮名)と十円玉を指で弾くサッカーゲームのようなものをしていた。ゴールが無いので、お互いの口をゴールにしようと決めた。その時点で相当おかしな小学生である。友人が弾いた十円玉は、田中君の口に見事に入り、田中君はそれを誤って呑み込んだ。学校中の大問題になり、友人は両親にこっぴどく叱られた。二日経って、田中君の排泄物中に十円玉が発見された。

 「さすがにその十円玉は回収しなかったらしいよ」と友人はつけ加え、「だから、※※(犬の名前)が食べた金属のビスも、二日くらい経ったら出てくるんじゃないかな」と結論付けた。

 首輪を食べるなんて相当変な犬だと思ったが、友人の話を聞いて、友人の方がずっと変だと認識した次第である。

 友人は高速バスで東京に帰っていった。見送ったバス停留所を、夏の風が吹き抜けた。
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