た・たむ!

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無計画な死をめぐる冒険 45

2007年01月07日 | 連続物語
 「哲学よ哲学」
 「おう由紀子ちゃんか」
 「ギリシャ哲学とか何とか言ってたわ」
 「由紀子ちゃんお久し振り。お前さんもちょっと見ない間に、いやこの度はまったくご愁傷様だったねえ。由紀子ちゃんかあ。わしらも年を取るわけだよなあ、兄さん。まあ由紀子ちゃん、久しぶりだ一杯飲みなよ。そうか。イギリス哲学か」
 「ギリシャ。叔父さん、どうでもいいけど、そこに居座っちゃ他の人が焼香できないじゃない」
 由紀子は腕組みをして立ったまま大黒柱に寄りかかり、馬鹿にした口調で言う。セピア色の偏光レンズをかけている。
 一座のあちこちから失笑が上がった。由紀子は小さいころからふてぶてしい女だったが、白髪を染めるようになってからその度合いが激しくなった。彼女ももう四十である。ショートカットの美人女優を濡れ雑巾で包んで固く絞ったような顔をしている。つまり昔は割合可愛かったのだ。若い頃うぬぼれの強かった女は年を重ねると醜くなるというのは本当である。お香やら化粧品やらよくわからない怪しげなもののディーラーをしていて、旦那はインドで知り合った同じ旅行者の白人である。
 小学校に上がる前から口達者で町内に聞こえていたが、インドに行って羽振りが良くなってのちは口だけでなく態度まででかくなった。その結果が必要もないのにサングラスである。実の兄が死んでも外さないとは傲岸不遜も極みに達している。
 「黙らっしゃい」
 叔父は一方的に姪との会話を打ち切ると、右肘を震わせながら棺桶に向き直った。
 「わしはこの大馬鹿野郎の邦広と、一対一で話すことがあんだ」
 チンとお鈴が鳴る。叔父が自分の話に自分で合いの手を入れているのである。
 「哲学か。哲学だったな、邦広」
 邦広(くにひろ)は私の名前である。

(つづく)
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