ドアが開くと、羊飼いが羊につける鈴のような音が鳴った。
随分古びた喫茶店であった。漫画本が敷き詰められた本棚の上には、スポーツ新聞や雑誌が無造作に寝そべっている。奥のボックス席からは煙草の煙が昇り、丸みを帯びた窓から入る日差しがその煙を無時間の世界のように照らしていた。BGMはない。店全体からどことなく湿り気を帯びた、コーヒー豆と煙草と菜種油の混ざったようなすえた匂いがした。
小男は戸惑いも顕わに立ち尽くした。
「いらっしゃい」
カウンターから無愛想な老人の声。とほとんど同時に、素っ頓狂な甲高い声がそれに被さった。
「おお、ヒデジ、ここだ、ここ、ここ!」
ボックス席から元気よく腕を振り上げたのは、いわゆる「皮ジャン」、それもビンテージと呼ばれる時期を通り過ぎてくたびれかけたそれに身を包み、ビール色に染まった髪を総立ちにさせたはよいが、年齢のせいか毛の先が痛んでよれよれになり始めた、どうやらひと時代前に相当遊んだとおぼしき中年の男であった。
鼻ひげを若干蓄え、耳にはピアスを嵌めていた。
(たぶんつづく)
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