高層ビルと高層ビルに挟まれた小さな喫茶店の前を、先ほどから一人の小男が行ったり来たりして通行人の邪魔をしていた。行く手を彼に阻まれた通りすがりの人が、街中でできる精いっぱいの悪意ある目つきで睨んできたことも一度や二度ではなかった。しかしこの小男には何も見えていないようであった。黒ぶち眼鏡のレンズに歪められた、豆粒ほどの目を落ち着かなく動かしながら、顎に手を当てたり腕組みをしたりして、彼はもう二、三十分も、その店に入ろうか止そうかで思案しているのであった。
ときどき悲しげに首を振り、意味をなさない言葉をぶつぶつ呟いた。「いやだって、今さら・・・ふつう、今さら、畜生でも待てよ・・・」
街路樹は今年最後の葉を落とし、街はその枯葉から抽出したような秋色の装いに身を固めた人々で溢れていた。それだけに、群青にオレンジのストライプの入ったぶかぶかのセーターを、多少持て余し気味に着込んだ彼の姿は、それだけで目立った。それに気付いていないのはどうやら彼だけな様子であった。
「ええい、知るか、何で今さら、でもここ・・・コーヒー店?」
彼は拳を振り回して呟き終えると、意を決し、玄関マットでつまづきそうになりながらも店の中に入っていった。
(ぼちぼちとつづく)
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