た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 119

2008年05月11日 | 連続物語
 能発一念喜愛心
 不断煩悩得涅槃

 私は透明人間である。この女の顔を確かめるのに何の気兼ねも要らない。あと一歩、踏み出せばよい。それなのに小さな喪服の背中ばかり見つめながら逡巡したのはなぜか。あり得ないことであるが、私は、彼女が雪音であって欲しかった。雪音でなければ確かめない方がよいとまで思っていた。不可能への希望が私の足を止めたのだ。何とかこの女が雪音であるようにはならないか。あの寒い冬の朝、私の生涯最も愛した女は、タイヤの下敷きになどならず、内臓も脳髄も飛び出さず、今でも元気にここにこうして合掌している────そうならば、もし万が一にでもそうならば、何だか、私までが蘇えることのできるような心地がした。


(少しずつですが続きます)
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