8/23
高知に演奏旅行に行く前日に父を見舞ったとき、ちょうど担当「坂口さん」から携帯にTELがあった。
その前にも初ダイレクト連絡をいただいていたのに、仕事中だったのでスルーしていたので、病室だけど受けて、打ち合わせをした。
父はそれを聞いていて、「忙しいのー。ええことや。頑張らなイカン。」と…
父はダンス、私は音楽… だけど同じ世界に生きている。
父の血を継いでいるんだなあ…というのが嬉しい。
父と、もっと仕事についての話をしたいなあ。
父は、きっと「まだまだ甘い」と言うと思う。
私もそう思う。
高度成長時代に成長して、右肩上がりの豊かさを追い求める中でぬくぬくと育った私と、
戦火で焼け野原になった高松市内で、何日も家族と対面できず彷徨い、ほんとにゼロからの出発をした経験のある父とでは、魂の座り方が違うと思う。
その後、どうして父がダンスの道に踏み込んだのかはナゾ。ぜひ聞いてみたい。
全国優勝をしたことがきっかけで、公務員を辞めて、ダンスの道を選んで開業したことは聞いている。
今どきの人は、公務員をやめて自営業なんてフツーしないだろうな。
父と語りたいことは、ほんとうにたくさんある。
しかし、ほんとに私はまだまだと思っているんだけど、もう半世紀も生きている、、、
いったいいつがきたら「まだまだ」じゃなくなるんだろう…
きっと死ぬまで「まだまだ」だ。
父は、入院してまだ日の浅い頃、自分がこんな大病に罹ってしまったことを、自分なりに反省していろいろ考えたと言っていた。
踊るとき、自分のパートナーを「思うように動かす」ことになぞらえて、自分の臓器について考えていたみたいだった。
今は筋肉がなくなってしまって、踊るどころではない父だけれど、体の中には、「踊る」想いやノウハウが詰まっているに違いない。
それを語ろうにも、脳も徐々に活動が衰えていっている…
父とのこれからの日々をどうやって過ごしていったらいいかな、、、
私は、父にしてあげられることを主に考えていたけれど、
父から貰うことのほうがよほど大切で尊い。
「お父さん、おみやげ買ってくるね。行ってきます。」
ぎゅっと手を握ってから部屋を出た。
父の手は、今日も力強かった。