「ここはお国を何百里離れて遠き満州の…」
…って、このフレーズぐらいはどなたさまもご存じなのではと思います。
とあるグループホームからミニコンサートの依頼を受けていますが、
リクエスト曲の中にこの「戦友」があります。
他にも、リクエストいただいたのは、マイナー(短調)の曲が大半。
「人生の並木道」
「かえり船」
「うれしいひなまつり」(これも短調)
中でも一番「え~~っ!!」と思ったのがこの「戦友」でした。
あまりにもマイナー(短調)の曲が多いので、真っ先にこれを却下しようと思ったのです、SYOさんとの初回リハの折り、これはあまりにも暗すぎるのではと、、
しかし…何故に「戦友」? 依頼者の方にお話を伺うと、利用者のみなさん、この曲をレクの時間にかなり雰囲気よく歌われているのだとか…
そして、依頼者の方も、「いい曲だし、ぜひTAKAMIさんに歌ってもらいたいと思って…」と、、、、
「いい曲」とな!!
軍歌じゃ~~~ん!! これを私に歌えと!?!?
さあどうずる( ̄□ ̄;)!!
ちなみに全歌詞は、掲載しませんがこちらでご覧いただけます。
つまりは、戦闘の最中、友が敵に撃たれた。
その友は、1年前、満州に渡る船の中で出会って意気投合した「戦友」なのであった。
1本の煙草を分け合ったり、家族からの手紙を見せ合ったり、死んだら骨を頼むと約束も交わした。
彼は昨日までは先頭切って突進していく勇士であったのに、今日は敵の弾に撃たれ、助けることもできず、友を置き去りにして軍として先へ進むしかなかった。
戦闘が終わったあと、日暮れに友を捜しにいったら、友の亡骸のポケットの中で懐中時計が動いていた。
その後自分だけが、本国に帰る運命となってしまい、せめて戦友の最期を親御さんに伝えようと手紙をしたためる…
とまあ、そんな歌詞です。
全歌詞を読めば、壮絶なドラマであり、しかも「軍歌」のかたちをとっていながらこの歌はレクイエムです。
この曲は日露戦争時代につくられたそうです。
日清・日露…戦争イケイケモードの最中ですね、、、
しかし、太平洋戦争のときには、この曲は禁歌になっていたとのこと。
赤い夕日の満州
そこでの最前線の戦闘の様相。
私がいちばんリアルに迫ったのは、戦闘が終わってから、撃たれた友を日暮れに捜しにいったが、彼は死んでいた…というところ。
その場所には、きっと、その友のほかにも幾人かの亡骸があったかもしれない…
そんな壮絶なイクサの歌を、この時代の人たちはどんな思いで歌っていたのだろうか。
リクエストの中から即却下しようとしたけど、やってみることにしました。
また別の方からリクエストをいただかない限り、もう二度と歌うつもりありません。
…しかし、これを歌うからには、自分なりに納得できないと。
大変厳しいところに追い込まれました。
嘗て、「街を渡る風」という、愛する人を亡くした歌を作ったとき、どん底に追い込まれまくりましたが、事態はそれよりも深刻で悲惨で辛い…
「KAZEの弦」は、究極的には、1人のクライアントさまに歌を届ける活動をしていく心積もりなので、
今後も「軍歌」またはその周辺のリクエストをいただく可能性あり。
明日は本番。
満州の赤い夕陽に包まれ、友を探しに行き、死んでいた友のズボンのポケットから、時を刻む懐中時計の音を聴き、穴を掘って友を埋める
…という歌を、やはりここは基本バラードでいきます。