昨日、義兄(姉の夫)Aさんのお通夜、本日は告別式が執り行われた。
こんなコロナ禍なので、家族葬で見送った。遠いフランスのパリに住んでいる姪も日本にくることができ、通夜の前日PCR検査も陰性となったので、葬儀に参列することができた。
姪が飛行機の中にいるときに、義兄はなくなったが、パリを離れる前にSkypeでお互いの顔を見ることはできたそうだ。
義兄が明け方、家の中の事故で亡くなったのは、11月13日だった。まだ73歳で、そう年はいってなかったが、なにか心に思うことがあったのか、姉や家族のために、自分が亡くなったあとのことをあれこれ書き記していたという。
天気予報によると、今日は大荒れの日で、いかにも嵐を呼ぶ男、Aさんらしい日になりそうだ、と夫と話していた。ところが、こんなにあっという間に亡くなったこともそうだし、Aさんの持つ力が、晩年になって失われたのかもしれない。天気はそれほど荒れなかったので、参列者は助かった。けれど、それもまたさみしかった。
夫がAさんと知り合ったのは、まだ10代の頃で、Aさんは大学の寮の寮委員長だったという。
その後新卒で入った会社も同じで、Aさんは先輩だった。その会社はじきに倒産したので、道は分かれたが、Aさんが姉と結婚したこともあり、縁はとぎれることはなかった。
Aさんは、子どもの頃から海の近くで育ち、海が好きな少年だったそうだ。戒名には「海」の一字が入っている。
心よりご冥福をお祈りします。
夫は、今日の船で三宅島に帰り、私は一足おくれで、明日の飛行機で帰る予定である。