紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

甲斐駒登山一日目:仙水小屋泊まり

2009-09-30 17:51:43 | 3・山の日記
甲府駅10時発のバスに乗ると、広河原に着くのは12時少し前。
そこで小さなバスに乗り換えて、北沢峠に約25分で着く。

9:30に甲府駅に着いたら、タクシーの運転手さんが、
「誰かタクシーで行く人いない?」と聞いた。タクシーだと、1台15000円弱。バスだと1人2000円。
私たちは4人なので、「4人で10000円にして。」
といったら、それでいいという。
運転手さんが「誰かもう一人乗れるよ。」
と他の人に声をかけたら、乗りたいという人がいて、5人で乗ってゆくことにする。

バスだと2時間かかるけど、タクシーだと、1時間半弱。白根三山を縦走するという同乗者の人は、9時のバスに乗り遅れたので、助かったといっていた。


11:40 北沢峠着。広河原から臨時のバスが乗れたので、予定より1時間も早く着いた。




GWの雪の時期は、バスは北沢峠までこないで、伊那の方からきて歌宿というところから、えんえん2時間以上バス道を歩く。

北沢峠、夏シーズンのバス乗り場。

 


長衛小屋まで行って、昼ご飯を食べる。

 


テントもたくさん立っている。

 


そこから山道を登り始める。

 


13:05 仙水小屋着。よく晴れていたので、山小屋のおじさんがふとんと毛布を干している。

 


到着が早すぎたので、仙水峠まで散策に行く。
翌日は、まだ暗いうちにそこを通過してしまうので、そこらの景色を見ておくことにする。

 

 
 


14:00 仙水峠  甲斐駒方面はガスがかかっている。

 


15:00  山小屋にもどってカンパイ!

 


16:30 夕飯。外で食べるので、みんなたくさん着こんでいる。けっこう寒い。

 

18:15 夕飯を食べ終える、すぐに寝る。翌日は、この山小屋では全員3時に起こされるとのことである。


夜中に何度か目をさますと、途中から雨の音が聞こえてきた。


◆ 甲斐駒登山・1・

帰ってきたパソコン

2009-09-29 17:32:27 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
先週の木曜日に修理に出したパソコンが、けっこう早く戻ってきた。
けれど、中はきれいさっぱり空っぽ。
ハードが壊れたので、ハードを全とっかえしただけのようである。

今日は、一太郎や、ファイルの移動をしたけど、すぐに使えるようになったので、助かった。
少しの間借りていたパソコンも、新しいのでなかなかよかったけれど、やはり、自分のが一番使いやすい。
これから徐々に辞書なども、自分向きにしていかなくてはならない。
辞書もコピーできると思うのだけど、やり方を覚えないので、いつもまた登録しなおす。

デスクトップも、自分の写真に変えた。


 

甲斐駒ヶ岳(2967m)に登ってきました!

2009-09-28 16:12:15 | 3・山の日記
土曜日の夜半、雨が降り出して、どうなるかなと思ったけれど、翌日早朝には晴れ間が広がった。

甲斐駒ヶ岳山頂。

 


行きは、岩場の直登コース。

 
 

帰りは、巻き道を下る。進行方向に摩利支天が見える。

 


摩利支天の方から、甲斐駒ヶ岳山頂方向を見る。
↓ クリック  拡大すると、山頂に人がいるのがわかる。

  

足(左膝の裏)が痛いので、下りは辛かった。
また写真を整理してから、コースタイムを載せる予定。

◆ 甲斐駒登山・




甲斐駒ヶ岳に登りに行きます

2009-09-25 16:38:52 | 3・山の日記
明日、あさっては、南アルプス甲斐駒ヶ岳に登ってくる。
2年半くらい前に、友人のW月さんが、調布から塩山に移り住んだ時から、いつかは一緒に登ってみたいと思っていた。

中央線に乗れば、韮崎あたりを通る時に、左の車窓から、甲斐駒ヶ岳の雄姿が見える。
せっかく山梨に移り住んだのだから、甲斐の国を象徴するような山に登ったらいいのじゃないか。
そう思って、2年間、近くの山でトレーニングをしてきた。
ようやく、実現することになりそうである。
山頂に登るのは、あさって。
明日は、甲府から長々バスに乗り、北沢峠までいった後、山小屋泊まりである。
一緒に行くのは、W月さんと夫と近所のO笹氏。

これは3年前のGWに登りに行った時に車窓から撮った甲斐駒ヶ岳の写真。まだかなりの残雪があった。
あまり写りはよくないが、明日はこういう全体の形は写せないと思うので、載せてみる。


 





高校仲間と会う

2009-09-25 07:38:59 | 19.友人との時間
昨日は、久しぶりに高校仲間と集まった。
沖縄の離島から引き上げてきたTちゃんも一緒に、楽しい時間を過ごした。
Tちゃんとは、中学、高校、大学も一緒だったので、この間も大学の集まりで会ったけれど、相変わらず元気いっぱい。
集まった場所は、新宿にある「風鈴の音色」。お店に着くと、お店の人が一句詠んで部屋に案内してくれたのだけど、もう今日はその句を忘れてしまった。(汗)
たまに新宿の街を歩くと、人波に乗れずに、ぶつかりそうになる。
都会は人が多いね。
前回がいつだったか覚えていないが、それから何ヶ月かの間でも、いろいろなことが起こるものである。
でも、たまにこうして会えるのは嬉しい。

 

パソコンを修理に出す

2009-09-24 06:49:24 | 12・Blog・PC・カメラ・家電など
今のパソコンは、Vistaが出たばかりの時に買ったせいか、どうも調子が悪い。
パソコン関係の仕事をしている息子からは、まだ絶対に買うなといわれたのだけど、その時、前のパソコンを壊してしまったので、仕方なく買った。

前のは、ちょうどリューマチ性多発筋痛症で、身動きできなかった時に、湯飲みをつかもうとして、手に力が入らず、パソコンにお茶をこぼしてしまって、壊れた。
半年待てばいいと息子はいったけれど、パソコンがなくてはとっても不便。

すぐに、出たばかりのVistaを買った。
それから、何回も修理にだしたので、このところ、いい感じに動いていた。

けれど、昨日壊れてしまった。パソコンが自分で診断したところ、ハードが壊れているという。
自分で自分の壊れた箇所がわかるのだから、そうひどいダメージではないようだ。
今もこのブログを、そのパソコンで書いているし。
実際にダメなのは、ただ一つプリントドライバーが入れられないので、プリントできないこと。

サポートセンターの人に連絡したところ、今日取りに来てくれることになった。
これから、1週間ほど、また不自由な生活である。

昨日は、また沢木耕太郎の「246」という本を読みつつ、半日かけて、ファイルのバックアップをとった。
けれど、毎回バックアップをとるにもかかわらず、いつも何か抜ける。今回もきっと、何かやり忘れているだろう。

これから、別のパソコンに一太郎のソフトを入れよう。ワープロは、どうしても一太郎じゃないとダメなのである。



「北アルプス大縦走」今朝のNHK・TV

2009-09-23 10:50:37 | 8・山と旅の思い出
今日NHKで、北アルプス立山~穂高のジャンダルムまで縦走した映像が流れた。
五色ヶ原、薬師岳、雲の平、槍ヶ岳、槍穂の大キレットを通り、23日間かけて縦走したのは、登山家の田部井淳子さん(70歳)とアナウンサーの内田さん(46歳)。
思わず、鹿児島に帰っている良流娯さんに電話をして、見るようにすすめた。

なんと23日間! 見ている間じゅう、この間の洋服はどうなっているのかと、変なことが気になった。
きっと、途中で誰か荷揚げして、食べ物や洋服などデポしたのかな?  などと考えたけど、どうなんでしょうか。

いやあ、しかし、すごいね。23日間の縦走。
内田さんは、そのような縦走は初めてとのことだったけど、それだけに、見ている方もはらはらしたり、興奮したり。

私の縦走の最長は、まだ若かかりし20歳の頃の10日間。テント泊だったけど。
燕岳から槍ヶ岳を通って、薬師岳まで。

もう槍・穂高の大キレットは、私には越えられない。ジャンダルムまで行くのも無理。
そんなことを考えていたら、やはり、その時に行ける最高の山に、夏山シーズン中には行かなくちゃだめねと思った。
来年には来年行ける、最高の山。

久しぶりに、北アルプスのメイン縦走路を見て、来年は、どこかその辺を歩きたいなあ・・などと考えていた。


<写真は去年登った槍ヶ岳>

 



本日は敬老の日

2009-09-21 17:38:53 | 22・両親のこと
今日は、敬老の日。母の施設で、敬老会の行事があったので、チャリで出かけた。

 


杉並区の阿波踊りグループ、さざんか連の人達がたくさんきてくれて、にぎやかで活気のある催しだった。

 



今、平均寿命は、男性が約76歳、女性は約86歳ということである。
同級生の男の人達が亡くなった後、私達女は、10年は生きているというわけだ。

10年の差はどこからきたものか? 長年のストレスか? あまり健康を気にかけないからか?

私は、山登りできるぎりぎりまで生きていられれば、文句はいわない。
というより、山登りできなくなった頃には、この世に未練はなくなっている気がする。
そうはいうものの、来年登れなくなっていることだってあるから、その時になってみないとわからない。
山登りといっても、そんなにたいそうな所に行くというのではなく、高尾山くらいでも、登れればいい。

築地山岳会の会長は、男性だけど、確か79歳くらい。今でも、私より登るのも、下るのも、ぶっちぎりで早い。
これは、毎月2回くらい、一年中山登りを続けているからだ。
いつまでも山に登りたいと思ったら、コンスタントに登り続けることが大事なようである。

今日は、敬老をしつつ、自分の将来、(といっても、そう遠くはないだろう)を考えた一日。