紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

パリ・ドイツの旅・5

2008-06-30 17:32:19 | 5・旅の日記
■ベーシックハイムの直子さんの家へ

ようやくたどり着いたベーシックハイムの駅に、直子さんと、ダンナ様のお父さんが迎えに来てくれて、直子さんの家に到着。
思えば、直子さんとは不思議な縁である。私がブログに持病の「リューマチ性多発筋痛症」について書いたら、同じ病気だと思うといって、コメントを下さった。それが、去年の秋頃だったか・・。
そして、去年の暮れに来日するというので、ぜひお会いしたいといったら、家に遊びに来てくれた。
私がブログを開設していなかったら、決して出会いは生まれなかったし、この病気にならなかったとしても、やはり出会いはなかっただろう。

ベーシックハイムはシュツットガルトの北、列車で25分の所にあり、黒い森から流れ出るネッカー川とエンツ川の合流地点。ぶどう畑に囲まれた風光明媚な町。ここでは、なるべく大きな街には行かずに、近くの散策路などを歩きたいなあと思っていた。




まずは、直子さんの家の庭で、白ビールでカンパーイ! 直子さんのつぎかたがすごく上手。なかなかこういう風にいかなずに、泡いっぱいになってしまう。
ドイツのビールは、こくがあって、評判通りものすごくおいしい。




直子さんの子ども達。エファちゃんとアンナちゃん。ドイツ語が話せたら、もっと会話できたのだけど、ほんとうに残念。
ちょうどサッカーのユーロカップの真っ最中で、試合に夢中。



そういえば、今回の旅行中、どこにいっても、カフェなどに来る人々は、テレビのサッカー観戦に夢中で、ドイツが勝つと、外を「ブーカーブーカー」とクラクションを鳴らした車が走り回っていた。

車に乗せてもらって、何度もお世話になったダンナ様の父上。




私が泊めて頂いたのも、父上の家の1階。すごく広くて、静かなお部屋で、ゆっくりと過ごさせて頂いた。朝は鳥の鳴き声で目覚めた。




初日は出張でいらっしゃらなかったダンナ様も、翌日は一緒にテーブルを囲んだ。



その夜、ダンナ様が、その後行く予定にしていたノイシュバンシュタイン城のチケットを、インターネットで予約してくださったのだった。


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パリ・ドイツの旅・4

2008-06-29 11:17:09 | 5・旅の日記
■パリに別れを告げて

都会は苦手だといっていても、5日間もいると、なじんでしまう。
でも、とうとう旅立つ日がやってきた。

パリ・エスト駅。トントンが見送りにきてくれた。といっても、次に自分が旅立つ時の練習だわね。




初めてのTGV。
ヨーロッパの駅って、しみじみと旅情を感じる。




そういえば、25歳で初めてパリにきて、スイスに旅立った時のことを思い出した。
その頃、グリコのCMで若かりし頃の三浦友和さんが、ヨーロッパの列車に乗っているのがあった。歌は松坂しげるさん。
「♪美しい人生を~ 限りない喜びを~ この胸のときめきをあなたに~♪」
そのCMを見て、私もそういうときめきを味わってみたくて、ヨーロッパに絶対行ってみたいと思ったのだった。

東京駅のようなこんな大きな駅でも、自転車であたり前のようにホームを歩いている。時には、人混みの間をぬって、乗っていたりする。




そんなだから、乳母車だって、きっと車椅子だってらくらくだろう。




それじゃあね。と列車にのる私。



トントンの見送りを受けて、出発。



広々とした風景に、心ものびやかになる。




列車の中でサンドイッチを食べる。もちろんワインの小ビンつき。日本だと、こういう時はビールなのだけど、こちらではワインが合う感じ。




そうして、3時間列車に乗り、ドイツにやってきた。
乗換駅はシュツットガルト。そこで、切符を買って、直子さんが住むベーシックハイム行き列車に乗るはずだった。



ところが、ところがなのだ。ベーシックハイムまでのチケットを買おうとして、つまづいた。
ベーシックハイムのスペルをいれると、チケットの値段が出てくるはずなのだけど、そのスペルがわからず、手帳を出して調べているうちに、列車は出てしまった。

次の列車は、30分後。遅れたことを、迎えにきてくれる直子さんに知らせなくてはならない。
電話よ通じてくれ! と思って、携帯にかけたら、つながらない。自宅にかけたら、あ~つながって、やれやれ。お待たせしないですんだ。
そうして、やっとベーシックハイム駅にたどり着いたのだった。

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パリ・ドイツの旅・3

2008-06-28 16:14:03 | 5・旅の日記
■パリ市内観光

パリでは、一通り観光名所も渡り歩いた。
モンマルトルや、コンコルド広場、エッフェル塔などなど。

でも、都会を歩くのが苦手な私は、今写真をみていても、頭がくらくらしちゃう。人の多いところは、やはり苦手。
それでも、何枚か行った記念に写真をのせてみよう。

モンマルトルの裏道



モンマルトルの上から見たパリ市内。(トントン撮影)




コンコルド広場。やはり、ここに来ると歴史のある街だなあ、パリはという気がする。



凱旋門



エッフェル塔。以前に小学生の子どもを連れてきた時は、上まで登ったけれど、今回は登らなかった。



セーヌ川。



そして、人混みから抜け出すようにして行ったブローニュの森。木々の緑の中にいると、ほっとする。




鳥を追いかけるトントン。




ブログに記事を送る私。




あともう一ヶ所、パリにいったら行かなくちゃね、と思っていったのは、「サロンド・ラデュレ」



そして、行きました。ふふふ、ケーキを食べちゃった。




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新刊が出ました!

2008-06-27 05:45:45 | 2・仕事の周辺
パリ・ドイツ旅行の前にもお知らせしましたが。昨日あかね書房の編集の方とお会いして、「バアちゃんと、とびっきりの三日間」を頂いてきた。
久しぶりの新刊本。前の記事に紹介文をのせたので、読んでくださいね。

自分の書いた原稿が、絵描きさんに絵を描いて頂き、本という形になった瞬間にいつも思うのは、自分だけしか知らなかった世界が、他の人にも開かれたなあということだ。
それは嬉しい反面、こわいことでもある。
とくに今回の本は、私の母をモデルにして書いているからだ。
紹介文にも書いたし、このブログにも書いてきたけれど、母はインスリン注射が必要な重度の糖尿病で、認知症をわずらっている。
もうこの本を読むことはできない。もし本が読めたら、喜んでくれるだろうか。喜ぶより、こんなことを書いてと、困った顔をするかもしれない。

書きながら、いいかなあ、こんなことを書いちゃってもいいかなあ、といつも自分自身や母に疑問符を投げかけていたような気がする。
でも、最終的に思ったのは、誰でもいつかは年をとり、体や頭がおとろえてゆく。それは恥ずかしいことでもなんでもない。生きているものの宿命なのだ。そして、そういう姿を見せることで、母は(以前は父も)、子や孫に何かを伝えてくれているのだと思えるようになった。

バアちゃんと、とびっきりの三日間

2008-06-27 05:44:18 | 1・作品紹介
 あかね書房

 2008年6月

 絵・山本祐司

 小学校中学年以上



「主人公の祥太は小学五年生。突然、バアちゃんと二人で、暑い夏の三日間を過ごすことになる。
認知症があって、糖尿病のインスリン注射が欠かせないばあちゃんとの生活は、まったく予想もしなかったできごとの連続。ジイちゃんが死んだ話しをしていたかと思うと、少し後にはジイちゃんのお見舞いにいってくるなどという。その度に祥太は驚いたり、困ったり、時には腹を立てたり……。
けれども、そんなバアちゃんによりそいながら過ごしているうちに、祥太にもバアちゃんの望んでいることが、ほんの少しわかるようになる。そして、バアちゃんの力になってあげられることはないかと考えて、二人にとって秘密の一日が始まるのだ。」


産経新聞・書評(2008年7月28日朝刊)

著作一覧


パリ・ドイツの旅・2

2008-06-26 05:44:21 | 5・旅の日記
■パリの美術館

私に絵画などわかるか? と思っている人は多いでしょう。
でもね、絵というのは、見た時に、あ~いいなあと思えばそれでいいのよね。

今回、できれば、マティス、シャガール、ピカソの絵をせかせかじゃなくて、ゆったりと見たいと思っていた。

ゆったり見るためには、ルーブル美術館とか、あまりたくさんの絵画が展示されているところは、パスしよう。

そして、行ったのが、国立近代美術館。
美術館に入る時のチェックは厳しい。やはり、もう二度と生まれない芸術作品だから、守るためには必要なのだろう。デイパックなどあやしい物を背負っていた私は、いつも入り口で預けることに。(写真はオルセー美術館)




マティスの部屋。




静かにじっくりと絵画の世界に浸れる、すてきな空間。



デュフィの絵。芸術家のエネルギーに圧倒される。




ここは出口。パリの建物は、それだけで芸術作品。




そして、オランジェリー美術館で、モネの絵と対面。




ますます、ジヴェルニーのモネが暮らした家と庭に行きたくてたまらなくなった。




オルセー美術館にも行ったけれど、人も多く、絵も駆け足になってしまった。




中のようす。



ピカソ美術館に行けなかったのは、ちょっと心残り。トントンの写真を見て満足することにしよう。


(追記)美術館はチケットも芸術品。チケットはトントンと私のでは絵柄が違っていた。これでは、いろんなチケットがほしくて何回も通いたくなる。
近代美術館のチケットがないのは、そこは常設展示場は無料だったから。無料で、あのマティスが見られるって、すごい幸せ。

モネの庭


 
オランジェリー美術館     オルセー美術館


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パリ・ドイツの旅・1

2008-06-25 12:14:56 | 5・旅の日記
■パリ近郊のモネの庭

今回の旅行、トントンはパリにできるだけ長く滞在したいし、私は都市は苦手なので、そこは素通りしたいし・・・で、どうしようかと考えた。
結局、私は最初の5日間パリにいて、一足先にドイツに旅立ち、2日後ドイツのオッフェンブルグで落ち合うことで意見がまとまった。

私としてはパリはもう少し短くてもよかったが、どうしても行きたい所があった。
それが、モネの庭。
土、日は混みそうだし、月曜日は閉館しているので、火曜日までいて、ジベルニーにあるモネの庭を見に行き、その後ドイツに行くことにした。

パリのサンラザール駅から列車に乗って、50分くらいでヴェルノンへ。そこからバスで20分くらいのジヴェルニーに、モネの家がある。
と書くと簡単そうだけど、行きも帰りも、それなりに緊張。
言葉が通じない。チケットのねだんがわからない。それに、列車の乗り方一つとってみても日本と違っていて、なかなかに難しい。
おまけに、駅にいったら、この日はストということで、予定の8:15分の列車がなくて、1時間おそい列車で行くことになった。
この黄色の機械に切符を通してから乗らないと、罰金をとられる。ドイツでは、切符を切るのは、列車の中であった。




モネが晩年をすごしたジヴェルニー。
ここに行くと、どんなにこの土地をモネが愛したのかわかる。
睡蓮の絵を何作も生み出した美しい庭園。




モネが暮らした家。




家の前に広がる大きな庭園。



モネの家には、浮世絵がいっぱい飾られていた。(写真撮影は禁止されている)


モネの家をあとにして、近くのカフェでランチ。




暑い日で、日差しが強く、ビールがおいしかった。




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パリ・ドイツの旅から帰国しました♪

2008-06-23 23:56:50 | 5・旅の日記
今日夕方フランクフルトから帰ってきました。
東京にもどり、夜夕飯を食べて、外を見ると、真っ暗。
この暗闇をほとんど知らないうちにヨーロッパの旅が終わりました。
パリとドイツでは、いつまでもいつまでも明るくて、トントンと一緒に夜近くを散歩するのが日課でした。
10時頃宿にもどっても、まだ明るくて、ほんのり明るさが残っている頃、眠りにつく。
早朝起きると、すでに薄明るい。白夜の国ではないけれど、白夜に近い国なんですね。

トントンの2人のドライブの旅は、ドタバタで、失敗の連続だったけれど、のんびりとしたドイツの街道はすてきでした。
はっきりいって、あんなに道に迷ったのは、標識がドイツ語のためか、ナビの能力が劣るためか(私のこと・苦笑)・・。でも、そういう風に迷うのもまた楽しいのが旅ですね。
といっても、ハーツレンタカーには、ちょっと文句をいいたいこともあるんだけど。

旅の間中、お世話になりましたみなさま、ブログを読んでコメントを下さった方、アドバイスを下さった方、ほんとうにありがとうございました。ダンケシェーン♪ 
今回は、携帯でアップできたので、頂いたコメントには、これから、ゆっくり読んで、お返事を書きますので、お待ち下さい。

シュバンガウで。(ノイシュバンシュタイン城の近く)それまでずっと雨だったけれど、ようやくこの日から晴れ間がみえだした。




土手の上に座っているトントン。




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