無彩限のファントム・ワールド
第13話 永遠のファントム・ワールド とまとめ △++
「ファントム」が人間の(若人の)創作であることが可能なんで
つまりは「想いが具現化する世界」っちゅうことなのよね
「中二病」が「現実」になっている世界ということでもある。
まあぶっちゃけ当邦の「学園もの」のド典型、「自由な遊び場」として
心理学的(これも一時期流行ったやり方だ)うんちくまぶしながら
よろしくやるっていうそういうたのしみだ。
ただその「蘊蓄(うんちく)」がなんちゅうか「ハルヒコ」(金田一?)を
主人公たらしめている最低限の「抵抗力」みたいな印象があるね
「ただの巻き込まれ系」でも「オレ強ええ」でもなく
「物語の主人公」として「平凡」に抗っていたかと
だからこそ最後の「母親」と「オレ強ええ」のオチに一定の納得感が
得られたのだとおもう。当邦における最強のファンタジーである「学園モノ」に
キョウトさんがかわいい女の子弄りつつ「物語」としての最低限の
ケレン味も忘れていないという仕上がりで
このお話は実に堅固にできていた、という印象
でも何だろうね、この「最強」に対する取り付く島のなさって。
ファンタシースターオンライン2 ジ アニメーション
第12話 境界を超えるRPG とまとめ △+
この場合の「境界」ってのは「実生活(リアル)」ですよね
いけないことだけどそういうのでもないと本当に面白いわけではないという
ゲームを送り出す側としてはそういうやくざなジレンマがあるわけだ
そういうやくざな胴元の大物のひとつであるSEGAが出した「最適解」が
この「PSO ジ アニメーション」ということなんではないだろうか。
「学園パート」だけで見るとたしかに「リア充」ではあるのだけど
本当に毒にも薬にもならないんですよねえw
そして確かにそこには「ファンタジー」が介入する余地が充分にある
そして実世界に「介入」してきた時の「抵抗」ぶりそのものが
「健全」な「アークス」としてのあり方のアバターであるかのようではある
「ネトゲー」を扱った作品に伴う「だめ人間」の烙印を
当作品はだいぶん回避できたおもう、その健康さ加減は
退屈を越えて「偶像」になりえていた、かもしれない。
だがしかし 第12話 食べるんですHiとさくらんぼの詩と…
/森永ミルクキャラメルとサクマ式ドロップスと… とまとめ △++
「駄菓子」をはさんで美少女と戯れているだけですよね、ぶっちゃけ
だが、それがいい
駄菓子にかんする愛着もさることながらそれに伴う
女の子とのあまーい(まあすっぱかったり辛かったりもするけど)ひとときこそ至福
この「あまさ」ってのは「性的な目」でみるほどがっついているわけではなくて
本当に純粋に女の子と楽しくコミュニケートする時のたのしみですよね
「トーク術」とか余計なことせんでも「駄菓子」なり「おさななじみ」ってのが
間をうまくとりもってくれる、そういうオトコノコの理想郷がこの
「シカダ駄菓子店」だったのだとおもうのね
アニメーションとしてもそのへんの機微を丁寧に捉えていたよい仕事だったとおもう。
ただし「おっぱい」だけは別腹だよね、うん、「おっぱい」じゃ仕方がないw
うたわれるもの 偽りの仮面 第25話 意志を継ぐもの とまとめ △+
前作の「ハクオロさん」と比べてこの「ハク」ってのはそれほど
「縛られて」ないのね、日雇いの暮らしだけど自由
ゆかいな仲間達に囲まれてたのしみは時折の酒と風呂といった具合
この形式はゲームの作り手側としても受け手側としても幸福度の高い
今時のやり方ではある。とまあこれだけで終始して
後はまあ適当に終わらせてもそこそこいけたろうけど
最後にかけてそのハクさんを「縛って」きたのよね
これはまともなハナシの作り手としての勝負を挑んできたってことだ
まあハクさんが「偽りの仮面」を付けるのは納得いかんでもない
けどクオンかわいそうだよねえ、「悲劇」としてのそればかりか
なんか途中から「そういう展開」の邪魔者のような扱いだった気がする
物語の導入を務めたメインヒロインが世界そのものから阻害を受けて
ろくに色恋沙汰になるヒマもなくハクも取られちゃうというのが
この「偽りの仮面」の裏の悲劇だったとおもう
そして予定されている「最終作」ではこの娘を救うハナシがきっとあるハズである
つーか無いなら祟りますよw
灰と幻想のグリムガル 第12話 また、明日―― とまとめ ○
「ある異世界に放り出される」ってとこまではどこも一緒なんですよね
ただ、それに対してほとんど疑念の余地もないままにこの灰色の世界に
放り込まれるってのが当作品の「やり方」ってやつで
なんだろう、昔のRPGのように「ほれやれや」みたいなクールさよな。
アニメーションとしても1話目から「ゴブリン狩り」をやらせるように
「ウムを言わさない」とこからスタートしていてそこでもまあ
走ったら疲れる、戦闘中転んだりする、チームワークバラバラ
ってな感じで、見ている側もつかれるってのは久しく無い感覚だった。
そしてまあこの緊張感だからこそ「休日」が尊いのよねえ
モグゾーの作ったご飯を食べたり、女の子とおしゃべりしたり
酒を飲んだり、墓参りにいったり―
そういう「自然な」人間としてのよろこびをこの自然にかつ端正に
構築されたグリムガルの世界は与えてくれていたとおもう
「奪ったから、与える」その簡単で強力なメソッド。
昭和元禄落語心中 第13話 とまとめ ○(+)
きわめて当たり前のハナシだけど「声優」は「声」を商売にしているわけで
そしてこれもきわめて当たり前だけど「声」には色もカタチもないわけで
そう考えると僕達は極めて曖昧なモノを当てにして声優さんを評価しているわけだ。
まあアイドル的に判断する場合もあるし、その人の個性が良い場合もあるし
必ずしも一面的に捉えているわけではないけれど、なんだろうその「わからなさ」
ってのは表現にたずさわる職業としては珍しいかもしれぬ。
さて、ここからが本題。そこに「落語」っちゅう「声」が「主役」になる
ハナシがきたわけなのね(「落語天女おゆい・じょしらくのことは忘れよw」)
この「落語」ある意味「声優」そのものを扱った作品よりもさらにおそるべき
「声」そのものに対する力量を問われる題材で、まずはそれだけで
「声優」好きな御仁は(もちろん落語好きも)一見の価値があるといえよう。
さて、くどくどとやってきたけどここまではなしたらあとはもう
菊比古と助六の中の人、石田さんと山寺さんの演技への評価ひとつってことになる
勿論「落語」を扱ってあるだけあってハナシづくりも上手いのね
「戦争」を挟んだ昭和の描き方、3角関係の構造のつよさ
それらに「落語」をはさむことによって物語は異様な際立ちを得るわけで
たしかにこの「物語」あるいは何かへの「執着」は何事も「軽い」ことが
最上の価値になった「平成」の世においては異質なものではあろう。
繰り返しになるけどあとは石田さんと山寺さんへの評価ひとつだね
私はこの当代最高の上手である2人の熱演が聞けただけで、「もうけ」だとおもうが。
最弱無敗の神装機竜 第12話 少女の本懐 とまとめ △(+)
「弱い~(ルビ付き漢字)」みたいなタイトル、はやってますねえ
あれは「弱い」ってことと正面から向き合う「強さ」ではなく
「強い」って単語の裏返しのあまさですよねえ。
と、最初にイヤミを言っておいて、どうでしょうねえこの作品
主人公のルクスくんをはじめとしてヒロイン達がことごとく
何かに「貶められる」んですよね、その為なら何でもするw
そもそも「旧王国」とか「新王国」とか設定がよう分からんかったのね
たぶんハナシの都合の為のそれであってそこでは「歴史」ちゅう
人間に対するおもーい存在はなかったわけで。
まあ、いいのよね、そんなムツカシイことをしたいわけではない
自己主張が控えめで女の子にモテモテでラッキースケベで
喧嘩は負けない、以上、で事は済むわけだ
草食系なのに食物連鎖の頂点にあるということ
それが当邦における「英雄譚」の条件らしい。