魔法つかいプリキュア!
第21話 STOP! 闇の魔法!プリキュアvs(たい)ドクロクシー! △+
てをつなごー
今のところ「2人はプリキュア」でやってきたからね
「キズナ」をあっためるのに関しては充分なところだ
それに相対するのが「光・闇」に分かたれた「魔法」ってのもわかりがいい。
強大な「暴力」には叶わないよな、それは分かりきったことだ
でもまあどうせなら「闇」の「魔法」とか使ってもいいかもな
ボスキャラが巨大化して肉弾戦中心になったのは「魔法」ってのより
「プリキュア」の流儀であろ、したがってまあ〆方もプリキュアの流儀で、ってことだね
よいものではあるけど「このプリキュアだからこそ」って程だったのか
と言われると疑問の余地はあるね、ただまあここまででも「半分」だからね
結論には早い、でもそれができること自体が珍しくなっているのよなあ。
コンクリート・レボルティオ~超人幻想~ THE LAST SONG
第24話 君はまだ歌えるか とまとめ △+
何もかも皆懐かしい
けっこういろいろ「対立」してましたよね
最後は異人達が人間のセカイから旅立って
そしていなくなったその後に「超人」を懐かしむ「人間」の
勝手さってのはあるね。
「現実」と「理想」の対立を時間のベクトルをぎりぎり「懐かしい」
ぐらい以前に戻すことによって、うまくリアルに受け入れられる
土台をつくっていたとおもう。
この作品「超人」という異物を用いながら
かなり精緻に「昭和史」を描いていると思うのね
「過去」を舞台にした作品だとチョンマゲばっかり出てくる当邦においては
けっこう攻めている設定だったかとおもう。
そしてこんだけ前のめりな作品を描くにはかなり特殊な演出と画が
必要だったわけで、そこにこの作品がアニメーションとして活きる
意義があったわけで、そしてそれを見事に達成していたかとおもう。
しかしまあ「時代」を描くとか、おおよそ現在のアニメーション業界で
やる人がまったくいなくなってしまったよなあ
しかしまあいずれ現在の「ふにゃふにゃした」アニメ業界も
「そういう時代もあったのだ」と語られることがあるのかもしれない
その時に甦るのは何なのだろうか、ちょっとわからないけど。
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?
第12話 ネトゲの嫁は女の子なんですよ! とまとめ △++
「またネトゲものかよ」ってそろそろ言っていいとおもうのよね
ただまあ今現在ボク達が最もたのしんでいるモノのひとつで
そしてそれの持つポテンシャルは結構大きくて、そしていろいろな
切り口がある、この作品もそういうののひとつだった。
「ネトゲ廃人の更正」にあたり徹底的に「優しい」のが
当作品の持ち味だとおもうのね、「リアル」だと最初はそうできても
最後は「強硬手段」に訴えがちになるのに比べて
フィクション的な「ぬくさ」が徹底している、そこが気持ちいい
と、同時にルシアン君がその「ぬくさ」をメインで担っているわけで
それが「好意・愛情」になるのも無理からぬところではある。
「嫁がちょっかいを出される」あるいは「旦那が他の女と仲良くする」とか
「修羅場」的なところも「ネトゲ」で取り扱うのがうまいね
そう扱うことによって「うんざり」することなくそれでいて「ラブコメ」
のうまみを充分に楽しむことができる、というしかけだ。
逆に言えばボク達はもう「人間同士が直に面に向かうこと」に
耐えられるような神経を持ち合わせていなくて「何か」を差し挟まないと
「楽しく」人間関係を構築できないってことなのかもしれないね
アコのことを笑っていられないな。