どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(114) 『朝ドラ「ゲゲゲの女房」に見る人間賛歌』

2010-05-29 01:02:13 | エッセイ

      (朝ドラ『ゲゲゲの女房』に見る人間賛歌)


 NHKの朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』が好視聴率のようだ。

 もちろん、水木しげるの奥さんである武良布枝さんの原作のほうも、版を重ねているらしい。

 お蔭で深大寺周辺は、ドラマの舞台(墓場鬼太郎を構想した墓地)あたりまで観光客が進出してきている。

 寺の境内、門前の蕎麦屋や土産物屋、鬼太郎茶屋、そして神代植物公園といった人気スポットは、人通りが絶えない。

 自家用車だけでなく、観光バスからわんさと人が降り立つのだ。

 前回レポートした「だるま市」の賑わいが連日つづいていると思えば想像がつくだろう。

 関係者は、マンガさまさま、水木しげる様々である。

 

 何が受けているかといえば、現在進行中の朝ドラでは水木しげるの赤貧時代、個性あふれる当時の人々との交友関係ではないだろうか。

 ことばを代えて云えば、一時代を築いた貸本マンガの世界が衰退し、零細出版社の倒産が相次いだ頃のことだ。

 当然、そこを拠りどころにしていた作家はみな生きるか死ぬかの状況だった。

 そのあたりを見事に裏づけているのが、佐藤まさあき著『劇画の星をめざして』(文芸春秋)である。

 サブタイトルに「誰も書かなかった(劇画内幕史)」とあるように、昭和27年から昭和60年代前半における佐藤まさあきの自伝兼劇画内幕史なのである。

 もともと狭い世界だから、長老久呂田まさみ、さいとうたかを、辰巳ヨシヒロ、松本正彦、桜井昌一、望月あきら、山森ススム、石川フミヤスらとの交流・・・・。

 高橋真琴、横山まさみち、川崎のぼる、南波健二、影丸譲也、平田弘史、楳図かずお、旭丘光志、水島新司らとの関わり・・・・。

 それとは趣を異にして、長井勝一、白土三平、手塚治虫、永島慎二、つげ義春、水木しげるとのエピソードが登場してくる。

 因みに、水木しげるとの関係でいえば、<佐藤プロを設立し水木しげるをスカウト>(昭和37年~38年)と一項目を設けて、風体・人物像に迫っている。

 また、次の<劇画ブームと『ガロ』『COM』の創刊>(昭和39年~41年)の項では、東京オリンピックを横目に貸本業界が壊滅に向かう様が描かれる。

 そこから一部抜粋すると次のようなことが分かる。

 (・・・・このとき、桜井は、水木しげるとまさに抱き合い心中とでもいうべき出版を続けていた。)

 桜井昌一の東考社からは作家が離れ、出版が継続できない状況。(一方、水木もほかの出版社からひどい扱いを受け、または描いていた出版社が倒産し、・・・・)

 (お互いに同情というよりは意気に感じたのであろう。調布と国分寺という距離が近いことも幸いしていたのかもしれない。)

 (・・・・また桜井も、水木の作品が売れようと売れまいと水木を理解し、水木の作品を絶賛した。)

 (このときの二人の結びつきがなかったとしたら、桜井は出版を諦めざるを得ないだろうし、水木もまた転業するより他はなかったかもしれない。)

 (ここに私は運命的なものさえ感じる。)

 と、佐藤まさあきは書いている。

 そうして、いよいよ長井勝一・白土三平コンビの『ガロ』、手塚治虫の『COM』創刊へと話は移っていく。

 ここにもまた、長井と白土の間に律儀で男気に満ちた関係が存在する。

「長井からの依頼が入ると、白土三平は他を断ってでもそれを優先した」・・・・超売れっ子だった白土の、心動かすエピソードである。

 要は、白土三平が売れないときに長井から受けた恩義を、終生忘れなかったという人間ドラマだ。

 昔の人間は、変人・奇人ぞろいの漫画家であっても、義理人情が身に備わっていたのであろう。
 


 『劇画の星をめざして』のほかに、ある方から『カラーコミックス』(河出書房)創刊号をお借りして、この文章を書いている。

 このマンガ週刊誌は、実は2号を出したところで途絶えている。

 2号で終わったか、3号だったか・・・・と本の提供者は悩んでいたのだが、佐藤まさあきの貴重な劇画裏面史によって2号で終わったことがはっきりした。

 因みに、当時経営が難しくなっていた河出書房は、起死回生を狙ってこの週刊誌を立ち上げたのだった。

 創刊号を見てみると、巻頭の旭丘光志をはじめ、佐藤まさあき、永島慎二、東海林さだお、手塚治虫、小島剛夕、桑田次郎、棚下照生ら豪華メンバーが目白押しだ。

 兵どもの夢の跡・・・・。

 描き手の人生も凄いが、出版社・編集者の動きもすさまじい。

 水木しげるのみならず、一人の漫画家、劇画家の人生を追えば、ゲゲゲに勝るとも劣らない物語が秘められている。

 この際、佐藤まさあきの自伝・劇画裏面史も、ぜひ読んでもらいたいものだ。

 朝の連続ドラマに誘われて、劇画の周辺をちょろちょろと散歩した次第。

 
  * 『劇画の星をめざして』(文芸春秋)は、1996年10月刊です。


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6 コメント

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ある…… (ガモジン)
2010-05-30 18:57:30
飲み会があって、そこに分厚く閉じられた原稿(劇画裏面史の原稿です)を持って来られていた、佐藤まさあきさんを思い出しますね。
カッコ良かったなあ。
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時代の消長を一身に体現する恍惚 (知恵熱おやじ)
2010-05-30 19:41:15
「ゲゲゲの女房」は私も欠かさず観ていますが、昭和30年代中盤から末にかけての貸本マンガの世界を題材に、時代が変わるというのはどういうことなのかが実に正確に体に痛いような肉体感を持って描かれています。

あの時代の空気を吸い同時代的に生きてきた私には、驚異的秀作としか言いようがありません。そうだ、そうだったと頷くばかりです。

昭和35年の「60年安保」挫折をへて39年の東京オリンピックに向け日本のあらゆる分野で始まったスクラップ・アンド・ビルドに象徴される高度経済成長に向かう嵐の助走期に、みんなワケも分からず呑みこまれ・・・そえでもとにかく時代の消長に遅れないよう一緒に走るしかなかった時代。

貸本文化(貸本や、零細漫画出版社、漫画劇画の描き手、読み手)はまさにスクラップ(消)される側の代表であり、同じ時期に登場しようとしていた低価格の「少年週刊誌」は借りるのではなく個々が買って読むビルド時代(長)の到来を告げていたのでしょう。

それはいま現在に続く「個人消費→個人主義→孤立主義→無縁社会・自殺社会」へとつづくスタート地点に当たっていたのかもしれません。

そのような時代の大変革期を健気にもペンと画用紙だけを頼りに生き抜こうと真っ当に足掻く水木しげる氏夫妻の生き様は輝いていて、私たちを惹きつけます。

今時代はそのとき以来の大変革の波に洗われているのではないでしょうか。
日本でもipatが数日前発売になり、「本は紙」という時代が間違いなく(消)に向かって一歩を踏み出しました。

パソコンや携帯のモニター画面で読む習慣を身につけた人たちが増えていますから、電子書籍は本を読む人たちをかえって増やすことになるのかもしれません。

文字のコンテンツは誰でも発信出来ますし、動画との連動も自由自在とあって、飛躍的に豊かになるに違いありません。
教育や医療、政治、ファッション、文化、芸術など生活のあらゆる面で新しい動きがはじまるに違いありません。

しかし光あるところに濃い影が出来るように、そこにはまた危険も潜んでいて、深い痛みを負う被害者が生まれる心配もあります。

この大変革で実際にどうなるのか、正確なところは誰にも分からないのでしょうが・・・
でも、「ゲゲゲの女房」を観ていると人間は社会システムがどんな断層状態になろうとも、結構何とかやっていけるのだ、とチョッピリ腹をくくれるような気がして楽な気分になれます。

窪庭さん、懇切な劇画興亡史を明らかにしていただき、時代の大きな流れをじっくり考えさせられました。
ありがとうございます。

今後も興味深い裏面史に期待しています。
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佐藤まさあき氏と同席ですか・・・・ (窪庭忠男)
2010-05-30 22:36:24
(ガモジン)さんは、『劇画の星をめざして』誕生の現場に立ち合っていたんですね。
「カッコ良かったなあ」の呟きが、恰好いいです。
コメントありがとうございました。
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渦中の熱情と冷静な時代認識・・・・ (窪庭忠男)
2010-05-31 00:18:47

(知恵熱おやじ)さんの「時代が変わるとはどういうことなのか」という感慨は、まさに『ゲゲゲの女房』をつらぬくテーマを言い当てている気がします。

スクラップ・アンド・ビルドという金科玉条の思想が蔓延する中、当時逆らえる者はほとんどいませんでした。
そうした風潮に翻弄されながらも、自分を曲げずに生き延びた水木さんに、渦中にあったらしい熱気そのままに賛辞を惜しまない知恵熱おやじさんの言葉、胸を打たれました。

また、電子書籍が登場して紙媒体の今後が危ぶまれていますが、(結構なんとかやっていけるもんだ)と見抜く慧眼にも、感銘を受けました。
ありがとうございました。
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感嘆と感動を (くりたえいじ)
2010-06-02 10:53:00
筆者は佐藤まさあき著も横目にしながら、
この業界の裏面史を辿っておられるようですが、見事な観察眼と分析等に驚きました。

『ゲゲゲの女房』への側面からの賛歌でもありますね。
この〈朝ドラ〉の輪がさらに広がっていきそうですが、同番組の多くは、史実に沿って展開しているところが魅力ですね。
上記〈知恵熱おやじ〉さんのコメントからも、それがうかがわれるようです。

ともあれ、この〈エッセイ〉欄も〈超短編シリーズ〉を読ませていただいているのと同様、
感嘆と感動を授けていただきました。




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応援ありがとう (窪庭忠男)
2010-06-02 23:50:50
(くりたえいじ)さんの見立てどおり、『ゲゲゲの女房』は、水木さん夫妻の貧乏物語であると同時に、当時の劇画界をかなり忠実に再現していると思います。
(知恵熱おやじ)さんのコメントからも、そのあたりのことが窺い知れます。
佐藤まさあき氏の『劇画の星をめざして』は、もう一つの視点から貸本マンガ→劇画・少年漫画への移行と時代の変化を裏づけている気がします。
(超短編シリーズ)と併せて応援もいただき、嬉しく思いました。
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