大吉&クーペ
四月半ばに前期高齢者三人で春の房総を旅した。
もう一人の仲間だった男がこよなく愛した上総一の宮の旅館に泊まり、彼の遺影を飾ってささやかな追悼の宴を催したものだった。
文芸雑誌の新人賞をとって前途を有望視されながら、作家として大きく花開くことはなかった。
なにが原因かは分からないが、才能がありながら彼は上手く時流に乗り損ねたようだ。
もっとも読まれることが才能なんだと割り切れば、才能の不足があったのかもしれない。
彼にしてそうなのだから、後に続くわれら凡百は以って瞑すべしである。
翌日どこかをぶらつこうと名所を探したが、芥川ゆかりの旅館と碑が一番のウリのようで、あとは近くの玉前(タマサキ)神社にでも行ってみようかということになった。
ちょうど第一回「さすが市」が開かれるからどうですかとの女将の薦めもあり、降ったり止んだりの悩ましい天気のもとそこに向かった。
上総一の宮の地名の由来ともなった玉前神社は、かつての隆盛を偲ばせる風格ある神域をもっていた。
長い境内の両側に出店が並び、往時の門前市復活の意気込みが感じられる。最近元気のなくなった街を、なんとか復興させたいというNPO法人の試みはいまスタートしたばかりである。
<つるし雛><上総とんび凧>など色鮮やかなものに目がいく。その中の一つ郷土の<芝原(シバラ)人形>だという招き猫が、堂々たる体躯でわれわれを迎えてくれた。
「さすが市にようこそ・・・・」というわけである。
現状に妥協しない、簡単に諦めない、しかし魂を売らない!
そうそうウラナイといえば、おみくじを引いたらまたも「大吉」が出たんだよなあ。これで三回連続なんです。
その帰りがけにNHKホールで「クーペ&Shifo」コンサートを観たわけ。脳梗塞で再起不能と思われたクーペさんの歌も詩もしゃべりも良かったです。
音階じゃなく、肉声から出てくるヒビキが素直に感じ取れるんだ。
しかし、これからビッグになる過程でこのヒビキを保っていくのは大変だろうな。詩人でも自分のスタイルに寄り掛かってヒビキを失くす人がたくさんいるんですから。
大吉とクーペさんに励まされて、後期高齢者まで多少間のある男が大いにやる気になった一日でした。
亡き仲間に想いを致し、哀惜の念に溺れずにさらりと。そうかと思うと、大吉を掴んだ歓喜。しまいは、敵を吹き返した特異な芸人の素描。
その一日二日が静かに流れていく。
決して前期高齢者の哀感とは申しませんが。
いつもこんな感じで生きていけたらなあ、と残された男たちはしみじみと願うところです。