(北の棟)
夏休みに入ると、19号棟まえの芝生は朝から子どもたちに占領され、ひと夏、野球場と化した観があった。
たえまなく喚声があがり、ときおり少年とは思えない野蛮な声がベランダ側の窓を震わせた。
流産から間のない律子にとって、子どもたちの声はつらくひびいた。
たまりかねて何度か注意したことがあったが、近所の目もはばかられて、あとは騒ぐにまかせるかたちとなっていた。
戸外の声は、暑さとともに音量を増した。だが、誰ひとり喧騒を拒否する者はいなかった。
我慢しているのか、無神経なのか、コトリともしない頑なさが、子どもたちに対する以上に腹立たしかった。
律子は、北向きの小部屋に逃れた。
窓際に立つと、団地を囲む金網とユーカリの木が見えた。
ガラスに顔をつけ、若い木肌を食い入るようにみつめた。
耳鳴りの底から、いっそう険悪な叫びが追いすがってきた。
獰猛な野犬に対するように、一転して食われてしまいたい苛立ちが躯を走る。
律子は踵を返して、閉じたばかりの襖を力任せに開けた。
半歩先で音が弾けた。ベランダに通じるドアを引き開け、ぶつかりながら外に出る。
頂点に達した暑熱が目を射た。叫喚が口を衝いた。
黒く燃える風景の中で、律子は手すりにつかまった。
灼けた鉄が、冷え切った掌を焼いた。痛覚が漂いかけた意識を呼び戻した。
向かいの棟にぶつかった悲鳴が、木魂となってかえってきた。
踏み荒らされた芝生が、一箇所黒い土を露わにしていた。
子どもの影が、鳥のすばやさで視野をよぎった。
逃げ遅れた子どもが一階のベランダの下に隠れて、ごそごそと去っていく気配がした。
立木越しに、斜め前の棟の裏窓でカーテンが揺れるのを、ぼんやりと意識した。
「嫌いだわ、子どもなんて大嫌い」
律子はその夜、遅く帰宅した夫の晋一に鬱屈した怒りを爆発させた。
「そりゃあ、たしかにうるさいだろうよ。だけど、子どもってそんなものじゃないのかい」
晋一は、律子をなだめるように言った。
疲れきって帰ってきて、妻といっしょに腹を立てる元気など残っていないという口振りだった。
「あなた、子ども好き?」
律子の顔つきが変わっていた。
「いや、別にそういうわけじゃないけれど」
晋一は、おろおろと返答した。
「わたし、子どもなんて絶対に欲しくありませんからね。あんな忌まわしいものより、犬の仔でも育てた方がよっぽどましなんだから」
律子は唇を震わせて、フフッと笑った。
目はしっかりと晋一を捉え、何か言おうものなら、たちまち襲いかかる構えをとっていた。
「律子、そのことはいい。また、あとで話をしようよ」
「いや、ごまかさないでちょうだい」
律子の目が油を塗ったように光った。
「・・・・もう一度子どもをつくろうなんて、そうはいかないわ。わたしは子どもに嫌われているの。子どもが嫌いだから復讐されているのよ」
呼吸をとめて身構える晋一に、律子の呪詛に似た言葉が吐き出される。
「わかった? それが運命なの。だから、わたしのお腹の中にいた赤ちゃん、こんな、こんなちっちゃな魂のくせに、わたしの毒を見抜いて逃げ出していったんだわ」
律子は、二本の指で胎児の大きさを示して見せた。
親指と人差し指でつくった隙間の向こうに、晋一の顔があった。
口から発せられたときには、裏付けのない言葉であったが、わずかな空間をくぐりぬけていったとき、動かしがたい真実になっていた。
それまで不安げに律子をみつめていた晋一の目が静止した。
惑いの末に覚悟を決めた、強い心の形をしていた。
ふたりは、無言のうちにしっかりと了解しあった。
後にどんな後悔がやってこようとも、この了解は撤回できないことを、心に刻んでいた。
苦しくなるといつも自分の部屋に逃げ込んだように、その日も律子は北側の四畳半に閉じこもった。
この団地に居を構えると決めたとき、幾つかあった物件の中から、一番北の外れにあるこの棟を選んだのは律子だった。
すぐ裏は斜面になっていて、五メートルほど下った先からは、一面に葦原が広がっている。
さらに先には、土地の人が地獄山と呼ぶ低い丘が連なっていた。
近頃では、団地の周辺にもぽつぽつと人家が建ちはじめた。
また、地獄山の一帯も手入れが行き届くようになって、季節を問わず散策する人の姿が見られるようになった。
この辺りは野草の種類が多く、春にはツクシやタンポポ、ワラビなどを摘む人が訪れる。
また、少し目の利く人なら、周辺の雑木林からタラの芽や山ウドを探し出すこともできた。
昨年の春には、律子もスーパーマーケットで知り合ったパートの主婦に誘われて、思いがけずアマドコロの群生を見つけたりした。
今年の春も草摘みを約束していたのに、果たすことなく過ぎてしまった。
短い歳月だが、不思議なくらい幸福な日もあった。
中古の公団住宅とはいえ、自分たちの家を手に入れ、夫の晋一を頼もしく思うときもあった。
それが、春に流産してからは、躯の中に手負いの獣を飼っているような狂乱の日々がつづいた。
特に子どもたちの甲高い声に対しては、抑制の効かない憤怒が沸きおこり、気がついたときには疲労のために憔悴しきっているというありさまだった。
夏休みが終わり、ひと頃の騒々しさはすでにない。
新学期が始まり、子どもたちの姿を見かけることが少なくなった。
静けさが戻ってみれば、安堵よりも痛恨の念が律子を襲うのだった。
あの言葉を、どのようにしたら取り除くことができるか。
夫の中に根付いてしまったコトバの根を、どのようにしたら引き抜くことができるかと、今度はひとり身を揉むのだった。
律子はざわつく髪を押さえて、窓ガラスに額を押し付けた。
団地の境界を示す金網のところから、終わりの夏が拡がっていた。
名も知れない数十種の植物が、重なるように繁茂していた。
蔓をもたげ、葉を絡み合わせて、みどりの暗がりをつくっている。
その暗がりが、こちら側の斜面をなだれ落ち、丈高い葦原に及んでいる。
葦もまた、密生した内部に昼の闇をひそませていた。
この湿地帯は、かつて男を一人呑みこんだことがあるという。
見せかけの表皮を突き破った足に泥が纏わりつき、時間をかけてゆっくりと引きこんだと伝えられている。
律子は、誰かの作り話に違いないと鼻先で笑ったのだが、完全には否定しきれない気味悪さが、葦原のそよぎにひそんでいた。
気力の劣る律子には、この旺盛な風景は扱いかねた。
深みどりの靭い光沢を煌めかせて、向こう側の斜面を駆け上る夏の命が、生死の様相も露わに律子を圧迫する。
手荒な業ではなく、じりじりと迫って来る晩夏の力であった。
(このままでは殺されてしまう・・・・)
律子は、熱くなった頭の隅でぼんやりと考えた。
母が生きているときは、この世でただ一人、心をひらいて話し合うことができた。
しかし、いまそれは叶わない。
母の通夜の折、すでに家督を継いでいる長兄は、「いつでも相談に来たらええ」といった。
「そうよ、これからはあたしらが親代わりだもんね」と、兄嫁もぎごちなく笑った。
律子は頷いてみせたが、もとより胸の内を明かせる相手ではなかった。
(柾木透に、いまの自分をぶつけてやりたい)
夏に殺されようとしているわたしを、見届ける責任があるのだから・・・・。
律子の中で火花がはぜた。その残照で胸の一隅が仄明るく照らし出され、そして消えた。
律子は、焦れたように箪笥の引き出しをさぐった。
装身具を入れた紅い小箱の下に、白い封筒の端が見えた。
「あった」と思うと、緊張が解けた。
おかしな話だが、自分の知らない間に姿をくらましてしまうのではないかと、馬鹿げた危惧さえ抱いていたのだ。
二度とかかわりたくないはずなのに、心の底ではいつも気にかけている。
そんな存在の仕方が、白い封筒であり、柾木透であった。
律子は、その分厚い封筒を五年ぶりに手に取った。
宛名は律子の旧姓になっている。
差出人の名は記されていない。だが、筆跡は明らかに透のもので、封筒の中には十数葉の写真が入っている。
それを説明する一言の詞もなく、ただ写真だけが封入されていたのだった。
そうしたやり方を、律子はいかにも透らしいと思った。
裸の自分を見せることができず、いつも思わせぶりな虚像の中にいる。
臆病で、癒されることのない飢えにさいなまれているのに、超絶した芸術家を気取っている。
別れたときの感情が、目前にあるかのように匂い立った。
透の父は、高名な美術評論家である。一時期テレビにも登場して、ヨーロッパ絵画の解説を受け持った。
透は幼少年期を通して、母ひとり子ひとりの生活を送った。中野新橋の路地裏で、日陰の女と病身の子が、息をひそめて生きてきた。
そうした幼児体験が、彼を屈折した性格の男にした。
愛の言葉など容易に口にできない男にとって、律子とのかかわりは、むしろ苦しみへの出発だったのかもしれない。
美人で頭がよくて、それだけに小賢しさの目立つ娘を御すには、透はもっとも不向きなタイプだった。
感情の動きが激しい律子に対して、それ以上の感情で応じるのだから、絡み合ったまま崖を転げ落ちる蛇のようなものだった。
ふたりは、互いに暗い部分を覗き見ながら、おのれを傷つけるように相手を傷つけた。だが、その程度を較べれば律子が上だ。
最後のころ、律子の言葉は刃のような光を帯びた。
いま、また、その切れ味のせいで夫の晋一を失おうとしている。
「哀れな奴」と律子は口の中で呟いた。
二重写しの影が、自分のものとも気づかずに・・・・。
目の前にひろげた写真は、その一枚一枚が透の執着と虚しさをとどめて無残だった。
例えば、場所はアフリカである。
ライオンが物憂げにこちらを眺めているもの、コンドルが画面いっぱいに羽根を広げているもの、疾駆するキリンたちの群れ・・・・。
それらが、まるでテレビの画像を見るように、白と黒の世界を繰り広げていた。
もう一つのグループは、ポルトガルらしい街角を、やや緑がかった色彩でとらえた写真だった。
石造りの家と石畳の坂が織りなす光と影、さむざむとした漁港の風景もある。
そして、三つ目の範疇に分類されるルネッサンス風の裸婦像が、これだけは臆面もなく華やかなカラーで写し取られていた。
これらの写真は、律子が母の葬儀で群馬の家に帰ったとき初めて手にした。
開披したとたんに、軽侮と憎しみが胸中に渦巻いたのを、律子は忘れていない。
一人の旅行者が、旅の軌跡を無邪気に知らせてよこしたのなら可愛げもある。
だが、相変わらずの思わせぶりなやり方は、その時の律子には唾棄すべき行為としか受け止められなかった。
しかし、いまは違っていた。
すべての写真に、異様な静けさが漂っているのに気づく。
どの一枚にも実在する人の気配がなく、死の風景を前にしているようだった。
裸婦像の燃えるような色が、逆に透の中に存在しなかったものを強烈に映し出している。
白茶けたアフリカの動物たちは、透の手によって命を剥ぎ取られたのではないか。
そして凍てついたファドの街・・・・。
透の暗示したものが一直線に繋がって、律子を射抜いた。
(あいつは、死を予告してきたのではないか)
別れて六年目に覚えた胸騒ぎだった。
律子はあわてて東京の電話案内を呼び出し、そのころ柾木透が勤めていた広告代理店の番号を調べた。
五年余の歳月を平穏に過ごしているとは考えにくかったが、会社を辞めていても消息ぐらいはわかるはずだと考えた。
電話には若い女が出た。
柾木の名を告げると、「ただいま大阪に出張中ですが・・・・」と無警戒な声が戻ってきた。
「えっ、そうなんですか」
思いがけない気持ちがつよくて、律子は声を張り上げた。自分の正直な反応がいまいましかった。
それでも頭がすばやく回転して、透の住所だけでも確認しておこうという機転が働いた。
「・・・・親戚の者ですけど、透さんの連絡先は現在も杉並の方でよろしいんでしょうか」
「さあ」と一瞬間があって、「たしか奥さまが渋谷のマンションの方にお住まいのはずですけど、連絡先は申し上げられない規則になっておりますので」
そして、急ぎの用件なら柾木の方から電話させるが・・・・と付け加えた。
衝撃が律子を包んだ。ウワーッと通り過ぎたものが、現実に彼女の体毛をざわつかせたのだ。
「いえ、あの結構です。お帰りのころまた電話してみますので、どうも」
あわてて受話器を置き、しばらく呼吸を整えるように躯を固くしていた。
二十分ほど、律子は受話器の前に坐り込んでいた。
これと名指しのできる感情ではなく、思い込みの虚しさだけが容赦なく彼女を責めた。
自分が晋一と結婚したのは、嵐を避けて港に逃げ込んだようなものだ。
柾木はそのことを承知していて、一生狂いながら律子を思いつづけているはずだった。
灯火のまわりを飛び交う二匹の蛾のような関係が、二人の人生を翻弄する。それでいいと思っていた。
チャイムが鳴った。
律子は、狭いたたきの向こうの扉を凝視した。
小腰をかがめた目の位置に嵌めこまれたレンズが、魔力を帯びた水晶玉のように彼女を捉えた。
離れていながら、律子の視線はレンズの一点に収斂されていく。
密度の高いガラスをくぐりぬけた瞬間、律子は昨夜親指と人差し指の間に見た晋一の顔が、冷ややかに彼女を見返しているのに出合った。
ガチャリと鍵を開け、チェーンを外した。
扉の向こうに、表情を硬くした男の顔があった。
返事もせずに無防備にドアを開けた女を、逆に見定めるように目をみひらいていた。
「なにか、用事ですか」
「あ、はい、ちょっとお知らせがございまして」
「わたし、何もいらないわよ」
「参ったなあ、いきなりですか」
「何を売りに来たの?」
律子は、まだ二十代の若い男を揶揄するように口の端で笑った。
「あの、ナシコ・インターナショナルの『生きるが勝ち』をご存じでしょうか」
「なんですか、それ」
「癌や成人病にかかったとき、不安なく治療に専念できるよう、生存給付金を支払う新型生命保険です」
男はやっと、ふだんのペースに戻ったのを意識してか、表情を和らげていた。
「死んだときに出る保険じゃないの」
「はい、それも出ますが、いまはそういう時代じゃないんです」
男は自信ありげに目を輝かせた。
「ちょっと上がって・・・・」
声をかけて、律子はさっさと背を見せた。
男は一瞬ためらったが、契約への期待につられて律子の後を追った。
リビングルームの椅子に男を掛けさせ、冷たい麦茶を出して、律子はあらためて若い勧誘員を正面から見た。
先刻までは、言葉を交わしながらも、どこかいい加減な気持ちがあった。
いまは、男の輪郭がくっきりと浮かび上がっている。
耳の上で刈りそろえた髪型が、新鮮でもあり軽々しくもあった。
「男の人でも、保険屋さんているのね」
「女性の方が圧倒的に多いですけど、外資系では、ぼくらみたいな者も採用しているようです」
「ふーん、それで、『生きるが勝ち』を売るわけね・・・・。外資系って、人生観が違うのかしら」
「・・・・」
「でしょう?」
「はあ、そういうことかも」
男は麦茶のコップに手を触れたが、飲もうとはしなかった。
(警戒してるんだわ)と、律子は思った。
あるいは単なる遠慮なのかもしれないのだが、若いくせに用心深い対応に興味が深まり、同時に猛烈に苛めてやりたい衝動に駆られた。
「わたし、保険に入るわ」
「ほんとですか」
「でも、死んだらもらえる方がいいわ。あるでしょう?」
「は、はい」
「受取人は主人じゃないの。わたしの好きだった人にしたいけど、いい?」
「・・・・」
男は困惑していた。律子の真意がつかめず、判断に手間取っていた。
「すみません、まだ経験が浅いもので、そんなことができるかどうか」
「だって、お金はわたしが払うのだから、問題ないんじゃないの」
「いえ、そう簡単には・・・・」
「とりあえず、申し込みしますわ」
「あの、ちょっと会社に電話してみて、調べてからまたお伺いさせていただきます」
「電話なら寝室に・・・・」
「いや、ごめんなさい、外で・・・・」
「そう、あたしって、保険屋さんにまで敬遠されるタイプかしら」
「いえ、そういうことでは・・・・」
男は腰を浮かせて、カバンをつかんだ。
律子の中で、再び業火が燃えさかった。
夏休みのあの日、追いかけて子どもを殺していたかもしれない感情の高ぶりが、胸の上までせり上がってきた。
透とふたり、何度も覗きこんだ崖を、いま飛び降りたくなっていた。
晋一は気の毒な人だと、頭の片隅で考えている。
緊急避難の港にしか過ぎなかった哀れな存在。・・・・尋常な一人の男を、そんなふうにしてしまった自分の罪深さが怖い。
身籠った命を、みずからの意識の力だけで殺してしまった女に、どんな救いの道があるというのか。
やはり、柾木と共に死ねばよかったと思う。
先へ延ばしたことが、なんの意味も持たないばかりか、かえって事態を悪化させている。
あの男が妻を娶り、きちんと会社勤めをして家庭生活を送っているなど、あってはならないことなのだ。
「保険屋さん、待って!」
靴を履くのももどかしく玄関を飛び出していった若者の背に、鋭く、そして粘りつくような律子の声が迫った。
「・・・・生きるが勝ちでなくてもいいでしょう?」
あたし、死にたいんだから、死んでもらえる保険の方がいいんだから・・・・。
重い鉄扉を押さえたまま呟く律子に、幾重にも重なり合った蝉の声が襲いかかってきた。
この夏は、ほんとうに熱い夏だった。
草は限界以上に葉をひろげ、あるものは太い蔓を鉄線のように伸ばして、団地のフェンスを乗り越えようとしていた。
人の声はことさら騒々しく、沈めたはずの過去はやたらに生々しかった。
地獄山から団地の斜面を駆け上ってきた熱風が、白い顔で扉を押さえる律子に達する。
蝉の声が負けじと殺到し、再び熱風が・・・・。
(おわり)
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なんと恐ろしくまた官能的なイメージだろう。
人を呑み込んだという噂のある沼地の跡が見える部屋を選んだ女が、夫の何気ない一言から自らの歪んだ「自壊への願望」に気付いていく。
そして伴に堕ちていく行きたい真実の願望相手は夫ではなく、結婚前に付き合っていて今は幸せな結婚生活を送っている別の男だった・・・怖いねー。
そのための道具にたまたまドアを叩いたた生命保険勧誘員のもって来た生命保険を利用しようと思いつく。その男を自分の生命保険の受取人にしようとする。
まるで沼地に誘い込まれるようで背筋が寒くなる。
これほど怖い小説は久し振りに読みました。怖い、怖い、怖い。
小説としてはごく短く凝縮されていますが、神経症的現代人の底なしの深い闇の在りどころを描いて比類なし。長編小説にも比肩できる傑作と思いますが、皆様の感想はいかが?
誰か才能のある監督に映画化していただけませんかね。きっと現代人の底なしの孤独と怖さを湛えた映画になるはずです。
しかしこんな女と結婚したら、生きた心地しないなあー。
ひとりの、どこにでもいそうな女の人生断面図とでも言えるのでしょうか。
平凡であるように見えながら、魔性も秘めている内面が次第に見え隠れしていくなんてスリラーもどきかも。
だけど、どこにでもありそうな夫婦であり、昔の恋仲であり、さりげなくその辺の特性を表しているようで。
それもこれも、多分、無機質な団地の〈北の棟〉を舞台にしているからでしょうか。
おのれの流産に苛立ちを覚えながらも、それでもなんとか新しい世界を模索しているようにも思えます。
いえ、底の深い小説なので、小生なんぞにはとても論じられるものではありません。
<瓦解>と名付けていただいて、より明快になった気がします。
また、映画のおはなし、そんな夢のようなことがあったらいいなと、胸をときめかせてしまいました。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
無機質な団地にうごめく平凡な男女。自分の意思で北側の棟を選んだ女が抱える心の闇。
苛立ちながらも、新しい世界を模索しているとのご指摘、なるほどと感心しました。
自らの瓦解を願う欲望と、そこからの脱出をめざす切実な感情は、共にあるのが日常の危うさなのかもしれません。