続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

酸化を遅らせる術。

2014-02-21 06:54:43 | 日常
 何をしても疲れやすい、耐久力の減退。信じがたいほどの疲労感に襲われてしまう。
 年を重ねると、若い頃から鍛えた人との差異が明確に現われ、隠しようがない。友人のKさんは「山育ちだから」と言い、歩くことに抵抗を感じないばかりか、むしろ歩かないでいることに抵抗を感じるらしい。

 先日も開催場所のウェルシティを福祉会館と勘違いし、早足でやって来たけど、バス停で言えば三箇所くらいを飛ばしてきたのである。帰りはさらに遠くまでを徒歩で帰っていく勇姿に羨望!(こちらは至近のバス停から)

 「歩こう会」のメンバーにも猛者が多くて、行程を歩き終えた後でも「歩き足りないわ」と言って電車一駅くらいを澄まして歩いていく人たちがいる。

 みんな凄いわ、どうしてわたしはダメなの?(そう、若い頃から歩くの嫌いな引きこもりだったから、今ごろ付けが回ってきた)

 
 劣化烈しく錆び付いていくわが身を思うにつけ、日常の訓練、鍛えることの大切さがわが身を責める。今からでも遅くない(全然間に合わないけど)、今となってはリハビリ感覚で歩いている。

 酸化し老体になりゆくわが身を叱咤激励し、外へのイベント参加をわが身に課している。酸化を食い止める術は参加によるしかないと、他力本願でお願いしている。

『ポラーノの広場』246。

2014-02-21 06:46:59 | 宮沢賢治
「そこへお掛けなさい。」
 わたくしは警部の前に会釈をして座りました。
「君がレオーノ・キュースト君か。」警部は云ひました。
「さうです。」


☆皆(全て)は経(常に変らない)無である。
 全(全て)を解(さとること)は、借(仮の試み)である。
 座(人の集まる所)で訓(教え導く)気味(傾向)は計(はかりごと)の無い薀(奥義)である。

『城』1542。

2014-02-21 06:21:49 | カフカ覚書
むかい側のドアから宿の亭主が出てきた。そこの覗き穴のうしろで玄関の様子を見張っていたらしかった。彼は、上衣の裾を身体におさえつけていなければならなかった。玄関のなかにいても、風に上衣をもくられるのだった。


☆穴蔵のような住まいを覗き、見張っていた。彼は野原(荒野)にいても衝撃の悲しみを堪えていなければならなかった。自身の無力に空虚な不和(いらだち)があった。