続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

若林奮『Ⅰ-5-1~7・振動尺試作』

2015-09-14 07:09:08 | 美術ノート
 棒状の物体。重なり合ったり、曲っていたり、波状の刻みが在ったり、円柱は正円・楕円それぞれで、途中ひっかけるような結び目もある。全て近似的だけれど、差異は明確である。


 これらが、振動尺であるという。
 作家は対象との距離感を常に測っている。精神的ともいえる視覚の変動/揺れを意識し続ける故に、視覚における脳波や心拍の鼓動を、敏感に把握しようと試みたのだと思う。
 つまり、見えないもの(空間)の計測である。確かに在るに違いないが見えないものの振動である揺れ動く事象を現象として捉え、物理的に見えるものとして具象化しようと試みている。


 昨今のニュートリノなど物理学の分野では振動は研究対象である。ただ日常生活において見えない振動に反応する感覚は希薄だと思う。
 しかし、この作家固有の独特な鋭敏な眼差しによる対象物(自然界)との対峙に、振動尺(振動の一単位)という新たな手法が不可欠になったのは必然かもしれない。

 要するに振動という現象は、単一ではない。けれど、各々時間という絶対条件の中ではほぼ同一の長さとして認識できるのではないか、という条件を前提にしている。
 試行は思考である。

 《宇宙の星が球体であるように、精神世界の圧縮された振動の形もそれに近似し、時間という一方向の長さの単位が加わると、このような形態として提示できるのではないか》
 作家の思考回路には振動尺という計測法が必携だったのだと思われる。


(写真は神奈川県立近代美術館/葉山『若林奮 飛葉と振動』展・図録より)

『銀河鉄道の夜』78。

2015-09-14 06:08:59 | 宮沢賢治
子どもらは、みんな新しい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、
「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシアの花火を燃やしたりして、たのしさうに遊んでゐるのでした。


☆詞(ことば)を審(正しいかどうかを明らかにし)接つなぐ)。
 鬼(死者)である仏を記(書き留める)。
 精(こころ)の講(はなし)に適(ふさわしい)粋(まじりけがない)路(すじみち)の教(神仏のおしえ)を総(あわせる)。
 照(あまねく光が当たる=平等)の価(ねうち)を加(その上に重ねる)。
 全(すべて)幽(死者の世界)である。


 ちなみに『銀河鉄道の夜』は『吟ずる講(はなし)は、徹(つらぬきとおす)同(平等)也』

『城』2083。

2015-09-14 05:48:25 | カフカ覚書
もちろん、そう言うなり自分でもびっくりして、言葉につまってしまった。ところが、アマーリアは、Kに言葉をはさむ隙も招待あたえずに、そのご招待をお受けいたしますと、すぐに言明した。こうなると、オルガも、仲間入りをせざるをえなくなり、招待を受けることにした。


☆現在、とは言うものの驚いて言葉に詰まってしまった。アマーリア(作り話/マリア)は、すぐに先祖の言葉なしで先祖の事件を受け入れてしまったと説明した。オルガ(機関/仲介者)も、引き続きそうした。