『出現』
出現とは、無かったものが現れることである。
暗緑色の混沌・深い闇・重さを感じされる流動の刹那、その中に極めて平面的に描かれた赤・緑・白の各ひし形模様に縁どられた楕円(ゼロ)と、開口部を持ったような8を思わせる形がある。
何が出現したというのだろう。
曖昧模糊とした模索の中から生まれた《ゼロ》の概念だろうか。
《8》に関しては永遠を暗示しているような気もする。それが開口部を持って暗澹の闇に溶け出している。
縁どられた中は黒(無)である。
無窮の空間から、何かが出現する。超微細なものかもしれない・・・白は光であり、赤や緑は光彩の分解色である。
正でもなく負でもない、何もない《無》からの出現。存在の始まりとはどのようなものだったのだろう。
出現の神秘は人類の探求の課題でもある。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」車掌がたづねました。
「何だかわかりません。」もう大丈夫だと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑ひました。
☆散(バラバラ)な字は、空(根拠がなく)現れる。
法(仏の教え)が示す捨(平静な心)は照(あまねく光が当たる=平等)である。
こうしたことでぼくが言いたいのは、そこにはなにかがある、バルナバスにはなにかが、すくなくともなにかが提供されている、ということです。そこから疑惑と不安と絶望以外のなにものも手に入れることができないとしたら、これは、バルナバスの責任にほかなりません。
☆こうしたことで、死にはにかがある。少なくとも何かの提案があったということです。そこから、疑惑と不安と絶望以外の何も得ることができないとしたら。それは、バルナバス(生死の転換点)の責任なのです。