思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

発電事業の自由化が必要。自己中=官僚主義の東京電力は要らない。

2011-03-26 | 社会批評

東電の「自己中停電」などに従わされるのは、真っ平ご免です。
東電は、火力発電所の稼働率(現在は50~60パーセント)を至急あげて、夏場の需要に間に合わせるのが当然。もちろん、節電は必要ですが。

しかし、独占資本による官僚主義(通産省との癒着)に【企業努力】などあるはずはなく、従来「自己中発電」を続けてきただけの東電ですが、事故を起こせば「自己中停電」をやるだけ。

こんな「お粗末」な電力会社など無用なのですが、エネルギー事業を官僚主義の独占資本に委ねる政策を続けてきたために、エネルギーの自給率が極めて低く、愚かな組織に国民全体が支配されてしまいます。

太陽光パネルの普及と共に、コジェネ(Co-Generation)、特に家庭用の燃料電池を用いるシステムの普及に努めることでエネルギーの自立をめがけること、また、同時に発電事業を自由化する必要があります。
官僚と一体化して独占利益をあげる「国家社会主義」から、「近代民主主義」への大転換が急がれます。

明治政府の山県有朋以来続く「官治主義」(天皇を頂く国家社会主義)を根絶する物質的条件は、【市民エネルギー】の確保です。
霞が関官僚とマスコミと独占企業が結びついた官治主義を変えるには、知的・精神的に自立した市民が必要です。表層的な事実知に過ぎない「官知」(テスト知)から、意味論としての「民知」(有用知)への転換は、そのための基盤です。


武田康弘


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Unknown (染谷裕太)
2011-03-27 00:44:04

今回のことがあるまで、まるで意識していませんでしたが、今の社会は電気無しではほとんど機能しないわけで、つまり、各家庭や企業に電力を自給させず、電力会社が生産・供給を一手に引き受ければ物理的に国民を支配できるわけですね。そしてそれが当然というような状況ができあがれば精神的にも支配することができる。

文を書きながら、なんかこういう構図ってどこかで見たな~と思ったら天皇に軍の統帥権を持たせて力で支配し、現人神として宗教上の権威にして精神も支配しようとした洗脳教育を思い出しました。
まぁものは「天皇」でなく「電気」ですけど。
むしろ隅々まで行き渡ってる分、電気の方が支配できそうですが。

なんにせよ東電の言いなりは冗談じゃない、ので、電力の自給と発電事業の自由化は必須だと思います。

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うーん、正鵠を射るコメント! (武田康弘)
2011-03-27 12:49:05

染谷さんのコメント、
「正鵠を射る」の見本のようです。

【天皇教】(日本の「知」が、意味論ではなく、事実学に過ぎないために、意味=なぜ?の掘り下げがなく、形式が支配する=様式による意識の支配)は、個々人の自由と責任により「私」から発するエロースを封じ込める役割を果たします。

まさに、閉じた組織=情報の非公開は、宮内庁の権威主義(主権者である私たちの税金で雇っている役人が偉そうにしている。また、そもそも天皇家の個人生活も、全てわたしたちの税金でまかなっている)に共通の「不遜」「愚かさ」「危険」を感じます。

日本社会の主権者は、わたしたちふつうの市民・国民であるのですから、みなが、きちんと情報を得、発言する必要があります。それは、権利のみならず、義務ですらある、ルソーに倣ってそう言いたくなります。

コメント (4)
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