ソクラテスが訴えられた原因は?以下の「発見」にあります。
(『ソクラテスの弁明』(田中美知太郎・訳)より抜粋)
「アテナイ人諸君、誓って言いますが、私としては、こういう経験をしたのです。つまり、名前の一番よく聞こえている人の方が、神命によって調べてみると、思慮の点では九分九厘までかえって最もおおく欠けていると私には思えたのです。これに反して、つまらない身分の人の方が、その点むしろ立派に思えたのです。
若い者が、自分たちの方から私についてきて、しばしば私の真似をして、調べることをしたのです。その結果、世間には、何か知っているつもりでも、その実わずかしか知らないか、何も知らないという者が、むやみにたくさんいることを発見したのです。
すると、そのことから、彼らによって調べられた人たちは、自分自身に腹を立てないで、私に向かって腹を立て、ソクラテスは実にけしからんやつだ、若い者に悪い影響を与えている、というようになったのです。・・そこで彼らは負けん気だけは強いですから、組織的かつ積極的に、私について語り、猛烈な中傷をおこなって、諸君の耳をふさいでしまったのです。」
制度としての知ーさまざまな「事実」を累積するだけで、おおもとから思考することのない日本の「知」のありようを連想させますね。
ただの実務でしかない知、マニュアル化された知、これらはエロースのない知の形骸ですが、こういう自分の頭で考えることの少ないオートメーションのような知によっては、人間や社会の問題を捉えることはできません。まさに「ほんとうのことは何も知らない」人たちが社会の中心に座っているようでは、何事も進みません。右往左往するだけです。
ただし、あまり正鵠を射ると「訴えられる」かもしれません(笑)
私の提唱する「民知」とは、知の捉え方ー知へのかかわり方を変えることで、「学知」を含む「生活世界」(フッサール)全体を変革していこうというものです。詳しくはまた次に。 「民知の理念」-クリックしてください。
「民知の理念」に「熱い共感と深い感動をもって」白樺教育館を来訪された金泰昌氏(シリーズ「公共哲学」(東大出版会)の編者)のことは、6月17日のブログに載せました。クリック
追加:7月14日ー「民知宣言」(キム・テチャン氏からの依頼原稿)を「白樺教育館」ホームにアップしました。クリックして下さい。
7.8 武田康弘