![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/1d/45858f2ba3b15a43dcbeba27fd1899d8.jpg)
軒の低い町並みではあるけれど、割合と色々な商い店が揃っていて、荷箱のように小さい、鳩と云う酒場などは、銀座を唄ったレコードなんかを掛けていたりした。
その町の中ほどには川があった。白い橋が架っている。その橋の向うは、郊外らしい安料理屋が軒を並べていて、法華寺があると云う事であった。
私は米を一升ほどと、野菜屋では、玉葱に山東菜を少しばかり求めて、猫の子でも隠しているかのように前掛けでくるりと巻くと、何度となく味わったこれだけあれば明日いっぱいはと云う心安さや、またそんな事をいつまでも味わって暮さなければならなかった度々の男との記憶――いっそ、どこかに突き当って血でも吹き上げたならば、額でも割って骨を打ち砕いたならば、進んで行く道も判然とするであろう。仕事をするためにか、食べるためにか、どんなために人間は生きているのであろうか、私は毎日が一時凌ぎばかりであるのが、だんだん苦痛になって来ていた。
――林芙美子「清貧の書」