亮太郎 昔から、あの村では、村で一番の何々つていふ具合に、いろんな名物を数へ上げて、それを事毎に噂し合つたもんだ。村で一番の金持が何処の誰、村で一番の年寄が何処の誰つていふ、それをまた、子供達までが聞き覚えてね。ずゐぶん滑稽な話さ。僕なんか、小さいくせに、その頃村で一番の美人だつたお初さんといふ娘を見に、そつと、その家の庭へ忍び込んで行つたもんだ。もちろん、一人でぢやないよ。(間)今ぢやもう、そんなことを問題にしなくなつたらしいね。世間が広くなつたんだ。(間)村で一番の栗の木つていへば、だから、その時分は、相当自慢の種さ。どうして笑ふの。だから、今ぢや、自慢にもならないつて言つてるぢやないか。(間)君は、今度、僕の家つてものを見て、がつかりしたらう。
あや子 また、そんなこと……。
――岸田國士「村で一番の栗の木」