★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

だいじょうぶ、ダーリンは70歳

2016-01-31 21:54:47 | 文学


村上龍監督の「だいじょうぶ、マイフレンド」というのは以前ビデオでみたことがあるが、面白かった印象がある。ピーター・フォンダ(イージーライダーの人)がスーパーマンの従兄弟かなんかで、何かの理由で飛べなくなったからということで、日本人の若者たちが助ける話。ピーター・フォンダの下半身から放たれた××が悪の組織のロケットを打ち抜くところがクライマックスなので、馬鹿馬鹿しいような気がするが……、もはやこういう映画が堂々と発表されていたことに「昔は自由だった」みたいなノスタルジーを覚えてしまうところが情けない。北野武の「みんな~やってるか!」は長らく見てないが、これもそんな気持ちになるのであろうか。



今日は、頭が痛くて寝ていたが、西原理恵子の『ダーリンは70歳』をめくっている時は起きていた。「やらせろ 殺すぞ!ゴラア」というせりふをマンガの末尾、且つクライマックスに持ってこれるマンガ家は西原理恵子だけであろう……。といっても、これは末尾であることによって、レイプではなくラブのシーンになっているのである。きわめて文学的な好意的な読解をすれば……。

西原理恵子が、リア充状態でこれまでの絶妙な悟りの境地を保てるかどうか、これからが見物である。人は、こういう時に意識によって自分を保てない。

――何はともあれ、という訳で、やはり代々木忠の『プラトニック・アニマル』以降の動向はあれやこれやの迷走だったのではないかとわたくしは思った。

ローセンブリの協奏曲第三番のCDを見つけた。