
上は、研究室にある終戦直後の本。
平凡社から1950年代に出ていた『綴方風土記』をみてみると、日本の農村のかなりの部分が藁葺き屋根であるようにみえる。そんな状態で戦争をやっていたのだ。細君にそういうと、「3匹の子豚みたいに」と言った。そういえば、第一子豚がオオカミの鼻息(違うか)かなんかで藁葺き屋根を吹き飛ばされて食べられていた。
日本でこういう話をすると、第一番目だからパイオニアだとか、想定外だとかなんとか理屈をつけて合理化しようとする輩がでてくるが、負け豚の遠吠えである。
関係ないが、旧センター入試の試験監督を長年やっていると、自分と試験会場の一体化意識現象があるように思う。主任監督の先生なんか、自分の言葉がまるで恩寵のように天井から響いてくるみたいにかんじるのではないか。無論スピーカーのせいである。
やたらめったら動員して、日本は戦争に負けた。馬鹿だからであった。