Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

木星と土星につられて夜空を見上げる理由

2020年12月23日 19時44分16秒 | 思いつき・エッセイ・・・



 本日はもう私の肉眼でも土星と木星は離れて見えた。昨日までは私の肉眼では分離して見えなかったが一日でずいぶんと離れたものである。そしてどんどん西に沈む時間が早くなっていく。天頂には上限の半月(正確には昨日)が火星と並んで輝いていた。木星と土星の観測には不向きとなっていく。
 もっとも専門的でもないし、「アマチュア天文家」でもない私には、夕方のほうが見るのは楽である。それこそ仕事から帰りがけだけの天文ファンである。
 あえて言えば現役時代は「帰宅間際天文ファン」。しかも50代になるまではそんなに早くは帰ることはできなかった。深夜になっての帰宅は空を見上げるゆとりもなく、早く玄関にたどり着いて、風呂に入って組合の仕事をこなさなくてはならなかった。
 59歳になって組合の支部長を外れてからの1年半だけであったが、宵の明星や日没間際の水星などを見上げながら、車がほとんど通らない細い道を空を見ながら20分かけて歩いた程度。普通に歩けば5分もかからない距離である。
 小学高学年・中学・高校と慣れ親しんでいた星座の名前も、一等星や星団の名前もすっかり忘却の彼方であった。小学生の頃のときめきはもうなかったが、そのときのときめきを思い出しながら夕方の空を眺めていた。

 以下は、屁理屈好きの年寄りの妄想。

 はて、今は何を期待して、星空を眺めているのであろうか。特に期待するものは何もないが、見上げる習性は50年ぶりに戻ってきた。現役時代は道路・下水道の維持管理の仕事ばかりを続けてきたので、道を歩くときは意識しなければ下を見て歩くことばかり。退職後もその癖はなかなか治らなかった。ようやくその習性からは解放されてきた。
 星を見上げなくてはならないほどの悲しみも今はない。見上げてこみ上げる喜びも思い当たらない。妄想も湧いてくるわけではない。
 あえて言えば、星を見ながら自分と対話をする時間、物心ついたころや社会と向き合いだした頃の自分と会話をする時間の一コマとして、空を見上げる時間をつくっているとも思える。
 星を見るよりも、星の見ながら数分も立たずに自分と会話を始めている自分がいる。星の向こうの暗い夜空に、過去の自分がいる。過去の自分との対話になる契機は何であれ大切にしたい。
 本日も南西の空の木星・土星、西空のわし座のアルタイル、天頂の半月と火星を確認して、星に背を向けて家に向かい始めたときは、学生時代の狭い「星の会」という天文サークルの暗い部室で延々と友人と続けた政治談議・文学談義の一コマを思い出していた。学生時代の校舎は旧陸軍と進駐軍の平屋の兵舎をそのまま利用しており、教室の横にストーブ用の石炭と薪用の小屋があった。そこがサークル室であった。南十字星のそばに石炭袋という暗黒星雲があるが、それこそ暗黒星雲という部室の中で、星の観測もせずにひたすら頭の中のもやもやを相手にもがいているような日々であった。対話の中身よりも対話を続けたことが今も生きている。



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