Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

編集作業は大詰め

2018年10月31日 23時31分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 新聞の編集作業も大詰め。しかし本日になって割り付けを大幅に変える必要が出てきた。おもて面と裏面で記事の入れ替えたり、いくつかの記事の長さを変えたりした。これには肩もこり、疲れた。

 残りは小さな囲み記事を二つと、明日届く原稿を流し込み、字数を整えれば終了ということになる。ただし届いた現行の長短でいくつかの差し替え、入れ替えが出る可能性もある。一番困るのは届いた原稿が短いとき。長すぎる場合は短くしたりする方途はいくらでもある。写真を小さくすれば一行くらいの変更は字数を変えなくともできる。また他の記事を少し短くすることで対応もできる。字数を削るのは得意である。だが短いと水増しは困難。特に私が参加していない行動に関わる場合はお手上げである。明日記事が届くとそれがうまくいくかどうか、私の能力が試される。

晩秋の鹿 2

2018年10月31日 22時34分09秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 さて晩秋の「鹿」の句、気になった句はいろいろある。

★鳴く鹿のこゑのかぎりの山襖     飯田龍太
★鹿の声ほつれてやまぬ能衣装     野澤節子


 百人一首の「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき  猿丸大夫」が秋に鳴く鹿のイメージとして固定している。ここから鹿というと古来からさびしい声ということになっている。歳時記を見ても、声との連想のさびしさを詠んだ句が多い。だが、発情期のオスがメスを呼ぶ声は烈しく、縄張りを主張する声はもの悲しい。

 第1句は激しい恋の声をきいている。さぴしい秋風や寒さを背景としたもの悲しいというイメージではなく、烈しいオスらしさを詠んでいて私には新鮮に見えた。逞しいオスを強く感じる句である。

 第2句は鹿の声から11月に冬毛に生え変わる時期でもあるので、そちらに着目して、能衣装のほつれと、生え変わるために抜けた毛を結びつけたのだと思う。分厚い能衣装、年代物なのであろう。そしてどんな演目で着用する衣装なのだろうか。間違いなく男女のもつれにまつわる演目だろうが、舞台に立つ人でなければわからない実感でもあろう。見ている限りはそこまでは想像できない。

個人情報をみずから拡散する

2018年10月31日 18時26分37秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 こんな体験を本日はした。不思議な光景を見た気分がまだ抜けない。

 午後になって横浜駅まで往復。いつもの地下の喫茶店ではなく、ビルの2階にある喫茶店に入った。混んでいた。いつもの喫茶店ではないのでどこか落ち着かない。慣れ、というのは怖いものである。文庫本を開いたもののあまり集中できなかった。天井を見ながらボーっとしていた。いつも行く喫茶店よりも若い客層だと思った。

 そろそろ引き上げようと思った時に、四つほど離れた席で、3人の女性グループに気がついた。会社勤め風の若い恰好の女性達である。といっても入社したての新人とは思えなかった。そのうちの一人が携帯で電話を始めた。初めは小さな声だったのだが、だんだん大きな声になった。喫茶店を出る間際の支度をしている私の耳にも入ってきた。
 どうも病院で健康診断か人間ドックの予約をしているようなのだが、会社名・会社の電話・氏名・住所・自宅の電話まで周囲に聞こえるように伝えていた。女性の甲高い声は、喫茶店の喧騒の中でもとてもよく響く。他の二人は何も注意しないでおしゃべりをしている。
 あまりの無防備さにびっくりしたのだが、周囲の客も注視していた。私のように数字を聞くと頭の中で無意識うちに反復して覚えてしまう人間がいる。その人間が悪意を持っていればもう完全にアウトである。もっとも私は忘れるのも得意なので、聞いた個人情報は喫茶店を出て数分後にはもう忘れたが、記録しようと思えば、メモもできる。

 これだけ個人情報の保護がうるさく言われている時代である。家に帰ればシュレッダーを持っている人が多かったり、ハガキに個人情報保護シールが張られている時代である。個人情報の漏洩のニュースが溢れている。

 是非とも気を付けたいものである。


晩秋の鹿

2018年10月31日 12時19分08秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 本日も晴天の朝、最高気温の予報は19℃と昨日よりも5℃近く下回るらしい。いつものとおりお昼までは、新聞の編集作業ならびにウーロン茶で。
 昨晩は23時になって突如「朝に飲む牛乳がなかった」とのご託宣。23時半に近くのコンビニまで牛乳を買いにお使いに行かされた。妻の朝の紅茶には牛乳が欠かせないのである。さいわいにもいつも購入する牛乳が入荷したばかりで豊富に並んでいた。ここのコンビニはいつも23時過ぎに商品がトラックで運ばれてくる。
 このコンビニまでの往復1500歩を加算して、昨日は久しぶりに1万4千歩と1万歩を超えた。

★蕎麦太きもてなし振りや鹿の声     夏目漱石
 夏目漱石は1907(M40)年2月、東京帝大などの教職の一切を辞し、朝日新聞に入社、小説家としての歩みを始め、神経衰弱や胃病に悩まされながら「虞美人草」を連載していた。
 この句の前には「清水」を詠んだ「澄みかかる清水や小さき足の跡」などの10句と、「鹿」の句3句、「秋の空」の5句が並ぶ。その中に「雲少し榛名を出でぬ秋の空」という句があるので、群馬県のいづこかを旅したときの句と思われる。「蕎麦太きもてなし」が肯定的な評価かと思われるが、どうなのだろうか。「鹿の声」と対比なのか、肯定的な連想なのか。漱石という人の正確からすると否定的なようにも思える。

★雄鹿の前吾もあらあらしき息す     橋本多佳子
 草食動物とはいえ、雄鹿のあらあらしい姿を目の前にするとその迫力にたじろぐ。晩秋の交尾期の雄鹿のあらあらしい息、たくましい筋肉に包まれた姿、そして意外な大きさが女性を圧倒する。雄鹿のあらあらしい息が女性の作者の息をもあらあらしくさせる。目の前にいる晩秋の雄鹿に、とっさに男を、雄を、意識する一瞬が生々しい。


「図書11月号」(岩波書店) 2

2018年10月30日 22時56分35秒 | 読書


 引続き覚書として‥。今月号は全部で15編のうち、10編に目をとおした。

・鈴木大拙と山崎弁英          末木文美士
「近代の宗教は、アカデミズムを通して欧米の学術を学ぶのとは、少し違うところにそのエネルギーの源泉を持っていた。それ故、学術的な枠組みを逸脱して、一見奇妙な議論を示すところもあるが、逆に決まった枠組の中では封印されてしまう自由な発想が生き生きと展開される可能性ももっている。日蓮主義の田中智学にしても、大本教の出口王仁三郎にしても、同じように在野の宗教者であり、常識を超えた理論を展開している。そこには、すべてを圧殺する国家体制さえも超え出る強靭さがうかがえる。」

・性食の詩学のために          赤坂憲雄
「詩学などという文学寄りの言葉を選んでいるのは、ある革新のゆえだ。食べること/交わること/殺すこと、をめぐっての知の交歓こそが、『性食考』のめざしたことであった。わたしはそれを、学問の装いを凝らして表現することへの欲望が、まったく欠落している。むろん、そのことには気づいていた。だから、『性食考』はおのずとエッセイ的であるほかなかった。‥エッセイという表現様式の可能性に賭けてみたい、という思いもある。なぜ、詩学なのか。ひれはわたしにとって、たとえばイマジネーションの物質化のための試みである。‥花、土、洞窟、穴、胎児、犬、口唇などの言葉がさだめなく浮遊しており、イマジネーションの受肉を待って、一章ずつ言葉の織物として紡いでゆくことになるだろう。」

 ちょっと理解は難しい文章であるが、今後の連載を楽しみにしてみようと思う。

・一一月、紅葉に深まりゆく秋     円満宇二郎

・風仕事               辰巳芳子
「干物はどこかしみじみとした人間味がありますね。朝から取り掛かった風仕事ですが、そろそろ日も落ちかかってきました。ここ鎌倉の谷戸は、夕焼けの美しいところ。風の音に耳を欹(そばだ)てつつ、千変する西の空の色を眺めております。もはやもの思うこともなく、ただ呆然と美に圧倒される他はありません。恩師・岡麓先生のお歌が思い出されます。
 西山にうすれて残る夕映えは/ここには遠き光なりけり」

・大きな字で書くこと 久保卓也    加藤典洋
「リベラルというのは、こういう人をいうのだろう。こうした「対岸」に立つ人の考えを受けとめる力が、かくいう私を含め護憲論には欠けていた。」

・単純と複雑             齋藤亜矢
「意味ではない部分、それも自然からぎゅっと凝縮されたエッセンスが抽出されていると感じるのが、熊谷守一だ。ネコ、アリ、石ころ、雨粒、晩年の作品ほど、より単純化された線や形で、色もベタっとぬりこめてある。‥一見単純な形や色に表現されているのは、むしろ自然の多様さや複雑さの方だ。とことん「視る」ことではじめて見える世界を、作品をとおして垣間みせてくれる」
「文章を過程では。ぼんやりした考えを言葉に抽出している感じもある。‥意味の外にある面白いものを抽出できるように、複雑な自然を複雑なまま「視る」目を養っておきたい。

・クスノキと舟            三浦佑之
「(日本書紀や九州風土記に対して)出雲国風土記の「楠」はタブノキと見るのが正しいということになる。そして、出雲国風土記では沿岸部の郡にのみ出てくるのだが、たしかに今もこの木は、日本海側の海岸線に沿って、日本列島のずっと北のほうまで群落を作って神社の杜などを形成している。そこからみると、出雲国風土記の植生記録はかなり正確だといえそうだ。」


雁わたる

2018年10月30日 19時24分26秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 友人と会い、病院でCT検査も無事に終了して、本日の予定はこなした。17時過ぎに病院を出たときはあたりはすっかり暗くなり、街灯が洩れなく点いていた。やはり間もなく冬である。天気図を見ても冬型の気圧配置、しかしどういうわけか関東地方は暖かい。横浜では14時前に23.8℃となったとニュースで言っていた。
 病院の待合ではベストを脱ぎ、長袖のポロシャツだけになって、「図書11月号」を読んでいた。待合室では半袖や半ズボンの若者もいた。私も半袖にしたかった。
 病院からの帰りは国道を東向きに歩いた。富士山を背に歩いた。ただし谷道なので西を振り返っても富士山は見えない。しかも国造沿いに点々と並ぶ街路灯があまりに明るく、星を見ることも出来なかった。団地の西側の入り口で富士山の黒い影を見た。夕焼け空で観たらたぶん美しい色ではなかったろうか。

 小学校の5年生に横浜の西部に引っ越してきた。1962年頃である。その頃は秋になると雁が富士山を背景に飛んでいくのを幾度も見た。新興住宅街で、ところどころに田や畑もあり、山を西に超すと雑木林の先に広い田畑が広がっていた。その地から今の横浜市中心部に近い今の団地に越してきてからは雁のわたりは見たこともない。横浜市内に住む人間としては雁の渡りを記憶する最後の世代なのかもしれない。

★さびしさを日々のいのちぞ雁わたる    橋本多佳子
★一列は一途のかたち雁渡る        西嶋あさ子
★雁のこゑすべて月下を過ぎ終る      山口誓子


お茶の好み

2018年10月30日 09時46分23秒 | 料理関連&お酒
 気持ちのいい秋晴れの朝。昼過ぎに友人と横浜駅の近くで待ち合わせ、16時過ぎから病院で造影剤を投与してのCTの検査。
 昼食後の食事は禁止。お茶はOKとのことである。特に理由はないが、本日はコーヒーというよりも紅茶の気分。毎朝のむ紅茶が美味しかった。

 毎日のパターンでは、朝食時はたっぷりの紅茶、昼まではウーロン茶、午後はコーヒーと移動途中はペットボトルの緑茶、夕食直後は緑茶ないしほうじ茶、就寝時まではウーロン茶にジャスミン茶の葉を加えたもの。要するにコーヒーを除いて「茶葉」が好きなのである。

 ウーロン茶はコップに直接葉を入れて上から熱い湯を注ぐだけ。これを幾度も繰り返す。熱いお湯でないと葉が沈まないので飲みにくい。寝る前の水分補給時にはお湯を注いでもほとんど色はつかなくなっている。それでも白湯を飲むよりは美味しく感じる。
 ウーロン茶葉は中華街で安いものを購入してくる。ジャスミン茶はそれなりの値段のものを購入。ウーロン茶場に一つまみほどのジャスミン茶の葉を加える。私は鼻が効かないのでジャスミン茶の香りはわからないが、口の中がスッとすることでジャスミン茶の香りがわかるような気がする。私にはあまり高価なジャスミン茶はもったいない。

 ペットボトルの緑茶は抹茶入りのが嬉しい。

 コーヒーは酸味が強いのは好みではない。できればクリスタルマウンテンやコクのあるマンデリンがいい。しかし少々高い。少し安いブラジル・サントスがあればうれしい。いづれもストレートで飲む。



 

「図書11月号」(岩波書店)

2018年10月29日 23時22分25秒 | 読書
 出がけにポストに投函されていたのが岩波書店の「図書11月号」。往復の地下鉄の中で詠むために持って出かけた。いつものように覚書として。



・【表紙】どこにも行けない夢         司  修
「私は、入り口も出口もないわが家を何度も夢見ます。それで実際、非常用縄ハシゴを柱につるしている始末です。」

・蘇る『萬國新史』              小谷汪之
「『萬國新史』は、西欧列強の争覇戦を軸としながらも、その中でさまざまな現地勢力が独自の動きをしたことを重視している。ポーランド分割反対闘争の指導者コシチューシコや、エジプトをオスマン帝国から独立させ、「近代化」を追求したムハンマド・アリーに対する関心は、幕末維新期の対外的危機の克服と「近代化」を喫緊の課題とした明治知識人ならではである。‥」

・女の小説家として生きる       イルメラ・日地谷=キルシュネライト  瀬戸内寂聴
「イルメラ やっぱり女性は相変わらずもっと厳しく見られているわけですね。三六年前と現在とどっちが女性作家として仕事しやすいですか。
 瀬戸内 私は好きなように生きてきて、それは考えたことがないですね。
 イラメラ 例えば期待されることをどこかで感じますか。やっぱり読者とのやりとりもありますでしょ。
 瀬戸内 いえいえ。読者なんてどこでどんな人が読んでくれているか、全くわからないもの。書く自分一人ですよ。‥本にしてくれなくたって私は書いたとおもいますね。子どもの時から書くことが好きなのだから。‥ペンを握ったまま、原稿用紙の上にうつ伏して、死にたいですね。」

・家                 イリナ・グリゴレ
「映画「惑星ソラリス」の中で、主人公が家に戻ったかのようなシーンが最後にある。家のドアの前で自分の父親を抱いている。このノスタルジックなシーンは原作の本になかったし、タルコフスキー監督が作家と喧嘩もして、批判を浴びた。この映画を何回も見たが、なんでこの終わり方を選んだのか、やっとわかった。ソラリスに預けていた一番大切な記憶があの家だったのだ。遠い未来では、違う宇宙の者が人間の脳を絞ったら、きっと採取的に幼いころの家のイメージが出て来る。お互いに傷つけたり、戦争したり、他の動物を食べたりするが、人間はとてもデリケートな生き物だ。記憶という海のなかには必ず家という島がある。」


 2編は省略。残りは別の日に。

2か月ぶりに夜の出勤

2018年10月29日 21時40分45秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 久しぶりに夜の集会に出かけた。18時から20時過ぎまで。300人ほどの集会。私が事務局をする会議や打ち合わせではないこともあり、気分は楽であった。特に疲れたり、頭が混乱したりということはなく、無事最後まで聞くことが出来た。

 会場ではカメラマン役、といってもわが退職者会の会員のためのカメラマンなので、さらに気分は楽ちん。終了後、1分ほどの打合せですぐに帰ってきた。他のメンバーはいつものようにどこかに向ったようだ。不思議とうしろ髪をひかれるような気分にはならずに、帰ることが出来た。これが当たり前と云えば当たり前である。

 さっそく明日、本日の集会の記事と写真を退職者会ニュースに載せることになる。これで85%が埋まることになる。編集作業の終りが見えてきた。

夜のウォーキング再開

2018年10月29日 11時03分36秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨晩遅く、4000歩ほどのウォーキングを行った。約2カ月ぶりのウォーキングである。ウォーキングといっても入院前のような速足ではなく、汗をかかずにゆっくりと45分歩いた。バスが通らなくなった夜の尾根道、日曜日なので仕事帰りのサラリーマンや千鳥足の人もいないので、気分ものんびりとなった。
 歩いた結果は上々。ふらついたり、蹴躓いたり、息切れがしたりということはなく、ほっとした。帰宅したのが23時45分、日付がかわる真際になってしまった。今度歩くときはもう少し早めにした方がいいと思った。

 本日は18時からの集会に出てみることにした。退職者会ニュースの記事も少なめなので、取材に行かないと埋まらない。夜の会議、打合せ、集会は8月13日以来。お酒は飲んではいけないので、夕食をどこでつつましく摂るか、悩んでいる。

「郊外のキリスト」(ルオー)

2018年10月28日 22時44分24秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 午前中にジョルジュ・ルオーの作品を取り上げた。以前に取り上げた作品にこの作品がある。「郊外のキリスト」。作品がどういう場面を描こうとしたのか、分からない。じつはルオーの展覧会、幾度か見た記憶があるのだが、図録が手元にない。ポストカードも数枚しかない。
 6枚ほど画像をスキャナーで取り込んでパソコンの中に保管されている。しかし2010年5月の標示で、づれもあまり高画質ではない。画像を取り込み始めた頃で、記憶も曖昧になってしまった。図録も今は見当たらない。あるいは図録はショップでめくってみただけで購入はしていなかったのかもしれない。残念なことをしたものである。
 この作品、描かれている街の風景はルオーの生きた時代である。キリストが実在するとしてその時代の風景ではない。手前に成人がひとり、これがキリストなのだろう。その横に子どもがふたり。聖書には登場しないので、聖書のエピソードをルオーの時代に再現したものでもない。
 だが、この夜更けのさびしい寒々しい街の夜景に配された孤独そのものといった「キリスト」と静かに立っている貧しいとしか思えない子どもふたりの静かな立ち姿は何とも言えずに印象的である。
 私はルオーの描く世界の寒々しい、そして孤独の雰囲気にとても惹かれる。ルオーの作品が宗教的か否かはまるで考慮せずに、私の頭の中にそのままスーッと入ってきてしまう。満月のような月も印象的である。

★月天心貧しき町をとおりけり    与謝蕪村

 ルオーの作品に描かれた月は満月なのに高度は低い。まだ月がのぼったばかりか、沈むころの月ではないか。季節的には秋から冬なのだろうか。絵の気分としても秋から冬のようでもある。実刑というよりも、心象の月ということにしておこう。
 蕪村の句では、月は南中しており、普通見上げるとすると高度は60°以上に見上げる月である。イメージは晩秋から冬である。「貧しき町」を手掛かりとして考えると晩秋から冬、そして満月が似合う。満月とは言っていないが、私は満月の方がこの句に沿っていると思う。

 そしてこの「キリスト」と子ども、どんなイメージがルオーの中にあったのだろうか。蕪村とルオー、どこかで共鳴している。

とうがらし

2018年10月28日 20時21分22秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 本日近くの生協まで買い物に同行。決行重いものを持たされた。生協は久しぶりであった。往復4千歩ほど。本当はもう少し遠いところまで歩く予定であったが、ぐずぐずしているうちに夕方になってしまった。日曜日なので横浜駅などの繁華街に出かけても家族連れの邪魔になるだけ。おとなしくしていた方がいい。
 夜になったら久しぶりに夜のウォーキングにでも出かけてみたい。入院前のように早く歩くのではなく、4千歩ほどをユックリと。



★空の雲地のとうがらし浮きいづる      庄司たけし
★とり入るる夕の色や唐辛子         高浜虚子


今年は、我が家のベランダに赤いとうがらしが生っている。8月の末、入院直線に園芸店で安いものを購入してきた。しだいに赤が鮮やかになってくるのを楽しむ予定であった。残念ながらそれは叶わなかったが、退院後ときどき玄関に持ってきて楽しんでいる。
 あの赤い色は玄関の暗いところで見るよりは、明るい秋の日の下で見る方がいい。
 高浜虚子の句、夕焼けの色との対比は思いもつかなかった。この句には今初めてお目にかかった。

ジュルジュ・ルオー

2018年10月28日 11時41分17秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 日曜美術館で「ジョルジュ・ルオー “聖顔”に込めた魂の救済」を放映、最初から最後まで45分間見ていた。ルオーのキリスト像、道化師像は気に入っている。あの厚塗りの人物像は人に癒しとホッとした瞬間を感ずる。その瞬間の不思議な感情は手放したくないと確かに思う。
 私は信仰や神というものから程遠いところにいる。そのこと自体が私にとって癒しとなっている。それを気づかせてくれるのがルオーの作品群である。

 しばらく汐留ミュージアムにもいっていない。ホームページには次のように記載されている。

「当館の開館15周年、そしてジョルジュ・ルオー(1871−1958)の没後60年となる節目の年に、ルオーの画業の軸である「聖なる 芸術」をテーマに、ヴァチカン美術館所蔵の油彩画など日本未公開作品を含む代表作を多数取り上げて、ルオー芸術とそのモデルニテ(現代性)を再考します。作品に込めた画家のメッセージとともに、ルオーの目指した「愛の最も美しいかたち」をご覧頂きます。」
 「開館15周年特別展 ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」は12.9まで。


読了「官能美術史」

2018年10月27日 23時47分33秒 | 読書
   

 先ほど読み終わったのは「官能美術史-ヌードが語る名画の謎」(池上英洋、ちくま学芸文庫)。本日は第5章、第6章を読んで全巻終了。前回第4章の「結婚のあるべき姿」と「結婚の実際」から、中世の結婚の実体について書かれた部分を引用した。
 題名や副題からかなり刺激的な内容ばかりを想像するが、それなりに読みごたえはある。作品の図版も多数あり、それだけを見れば煽情的ではある。読み方・観方はそれぞれ、おまかせするしかない。

 明日からは入院中に半分ほど読んで中断していた「セザンヌ物語」(吉田秀和)を再開予定。



久しぶりにビル風の中を歩いた

2018年10月27日 20時32分07秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 風は強く最大瞬間風速が15時過ぎに13.6メートルの南風となっている。長袖のポロシャツでは暑く感じた。みなとみらい地区ではビル風のせいか被っていた野球帽が飛ばされそうになり、手で帽子を押さえながら風の力を受けないよう俯いて歩いた。
 強風注意報は今解除になったというメールが届いた。

 講座が終り、横浜美術館まで歩いたところで風をよけるために美術館のショップで一時避難。駒井哲郎展の図録だけでも購入しようとしたが、定価を見て断念。2800円を持っていなかったことに気がついた。レジまで持参してお金がない、というような事にならずに済んだ。
 土曜日ということでランドマークタワーから横浜美術館にかけては子ども連れで大賑わい。ベビーカーを押す人も、二人連れも、学生も皆が風に煽られ右往左往していた。大道芸の演者もやりにくそうではあったが、さすがに人を惹きつける力はある。風の中、大勢の家族連れやカップルが楽しんでいた。

★秋夕焼け旅愁といはむには淡し      富安風生