Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

弘前到着

2015年07月30日 20時03分35秒 | 山行・旅行・散策
定刻より早く弘前駅近くのバスターミナルに到着した。4700円の格安のビジネスホテルは駅から200メートル。結構高そうなビジネスホテルのすぐ裏。
残念ながら岩木山は望めない。

途中盛岡の手前で岩手山を仰いだ。岩手山は1度は北から急登を駆け登った。しかし雨がひどく、八幡平までの縦走を断念した。体力・気力充分だった時だけに惜しまれる。その後南側から2度、八幡平から2度、盛岡市内から3度眺めた。しかし今回ほど印象に残るような感動をしたのは初めてである。
北斎の富士のように鋭角に稜線が空に突き上げていた。夕空の山頂を覆う雲に夕陽が落ちて山容をさらに大きく見せていた。
先ほど吾妻山は近くで見ると少しばかり軽く見えると記した。それは多分吾妻山が麓の果樹栽培を含め人々の生活に深く関わる山容を提供している現在の印象だと思う。
しかし岩手山は福島から見る吾妻山より、人里からは遠い。それは直線的距離というより急峻で近寄り難い、人を寄せ付けない山容にあると思う。
同じ火山で、しかも奥羽山脈の系列とはいえ対照的な存在は、東北の山の人の世に対する多様な存在感を示している。東北の山は人の有り様も、生き方も豊かにしてくれている。
吾妻山を女性的、母性的といい、岩手山を男性的、父性的と云うらしいが、父性・母性、男女、もう少し考え直した方いいような気がする。


突然の豪雨

2015年07月30日 15時37分16秒 | 山行・旅行・散策
宮城県大衡村を通過中に突如大粒の豪雨、視界がなくなりそうな雨であった。10分ほどで少しだけ和らいだが、それでもまだ強い雨である。左右とも広大な田圃である。北と西の方角が少しだけ明るいので、止みそうな気はする。

古川の出口を過ぎて今度は突如雨が上がり日が射してきた。これにはびっくり。

ようやく福島西

2015年07月30日 14時17分46秒 | 山行・旅行・散策
普段鉄道でしか旅をしないので高速道路からの景色は新鮮である。いや新鮮というより異様だ。
現に今、福島市の西側を通過しているが、吾妻山を間近に見る視点は不思議な印象だ。見慣れていないだけであるのは承知しているが、吾妻山の本当の姿には思えない。福島駅からバスで近寄っていくときのどしっとした立派な景色とも違う。軽く「失敬!」という程度の挨拶で済ますことのできる軽さを感じてしまった。
新幹線よりは遅いスピードだが、早すぎる通過がさびしい。
間もなく国見サービスエリア。

バスは満席

2015年07月30日 10時36分12秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
首都高ー東北道を通るということと、佐野インターでトイレ休憩とのこと。
アルコール抜きでおとなしく読書、持参したのは「老いの生き方」(鶴見俊輔編)。中勘助から始まるというのが私には興味深い。
空は一面雲が厚い。


明日から山行

2015年07月29日 23時00分52秒 | 山行・旅行・散策
 青森での山行を前にして、退職者会のホームページで、7月26日のイベントの記事記事を先ほどようやく作り上げた。これで山に行く前の宿題をやり終えた。
 荷物の準備は昼過ぎから夕方にかけて行った。縦走ではないのでそれほど荷物は多くないと思っていたが、着替えが多くなり25リットルのリュックが目いっぱい。ただし自炊ではないしテントもないので重くはない。
 先ほど通りがかり人様のコメントを見て、ウィスキーを入れるのを忘れていたことに気がついた。とても大切なものを忘れていた。指摘してもらって感謝である。

 明日は上野発10時の弘前行きのバスに乗る。9時間半バスに乗りっぱなし、夜行ではないのでそれほどつらくはないと思うが、どうであろうか。

 おおよその予定は、
7月30日 弘前駅前泊
7月31日 岩木山-青森駅前泊
8月 1日 北八甲田-猿倉温泉泊
8月 2日 南八甲田-猿倉温泉泊

 天気予報ではそれほどの心配はなさそうである。

 ブログの更新は、スマホから簡単な報告記事を発信するつもりではあるが、上手く行かないこともある。帰宅するまでひょっとしたらお休みとなる可能性も‥。ご容赦を!


シューベルト「交響曲第8番ザ・グレート」

2015年07月29日 20時30分40秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
      

 シューベルトの交響曲は実に久しぶりに聴く。このCDは1981年の録音でかつ廉価版ではないので、1980年代の半ばまでには購入したように思われる。シューベルトの交響曲の全曲録音でCD4枚のシリーズとなっている。ということは1980年代半ばにはシューベルトの交響曲を聴いていたことになる。あまり記憶にないのだが‥。

 この曲の発見の経過から第7番とも第9番とも云われているが、近年は第8番として定着したようである。このCDが発売されたころは第7番とても云われた板。当時から番号の複雑さから「ハ長調の交響曲」と呼びならわされていた。
 最初の楽章は、ホルンの伴奏を伴うユニゾンでおおらかに始まる。第2楽章はオーボエのソロで始まる。
 このCDを購入したころにはまだこの交響曲を聴く機会は余りなかったように思う。あまりに未完成交響曲のイメージが強すぎたせいだと思われるる。
 シューベルトらしいと云われる息の長い旋律で全体がおおわれている。第1楽章の冒頭のホルンは一度聴いたら忘れることのできない旋律である。第2楽章のオーボエも忘れることができない。第3楽章のつんのめるような、そして息せき切ったリズムはこれまたとてもユニークである。第4楽章は威勢のいい出だしから始まり、1155小節という長大な曲として有名である。
 4つの楽章それぞれに特徴があり、変化に富んだ曲でもある。同時にシューベルトらしい雄大な旋律が統一的なイメージを貫いてもいる。私はとても気に入っている曲である。

 指揮はヘルベルト・ブロムシュテット、ドレスデン国立管弦楽団。1978年から81年にかけてレコーディングしたシューベルトの交響曲全集に含まれている。

これから帰宅

2015年07月28日 23時18分23秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 夕方からは日比谷野音から国会周辺をデモ。歩いているうちに一昨日の太股の筋肉痛がぶり返してきた。半分は心地よい筋肉痛、半分は無理してはいけないよ、という警告のような気もする。

 30日からの山行に支障にならないように早めに寝る予定ではいる。しかしデモの後のビールの誘いは断るのがつらい。自分が意志強固に断ればいいだけのことだが、私の心の中ではそうはいかない。このビールをみんなで飲むひと時が楽しいのである。最近は早寝が多い。一応健康的生活を送っているはずだが、想いと現実にはかなりの乖離がある。
 いろいろ言葉を尽くしても、言い訳にしかならないのでこの辺で本日は終了。

図書館というものが苦手

2015年07月28日 09時32分24秒 | 読書
 鶴見俊輔が亡くなって有隣堂に出向いたが、追悼コーナーが用意されていない。詩人の長田弘が亡くなった時には、小さいながらも話題の本のコーナーのところに数冊の著書が並んで「追悼長田弘」と書かれていた。残念な気がしているが、まだこれからそのような対応があるかもしれないと期待をして待っている。
 今の時代、鶴見俊輔の著書というのは書店にとっては売れるあてのないものなのだろうか。時代や状況に対する発言と云うのは、その時代が過ぎ去るともう書店の方では扱わなくなるのだろうか。
 ただし、追悼コーナーができれば著書のいくつかは入荷する可能性もある。さらに久しぶりに図書館にでも行って検索してみようかとも思っている。

 図書館と云うものが私はあまりなじみがない。現役のころは職場の近くに市立図書館がありときどきのぞいていたが、それでも貸出しを受けるというのが億劫である。そして貸し出しを受けると、返すのが面倒である。自分の読むスタイルと買い出し期間内に返却するというサイクルを合致させるというエネルギーが湧いてこない。要はわがままなのである。
 読書スタイル、時間のサイクルを自分以外の欲求に合わせたくない。結果として本は所有するしかなくなる。そして大体本棚からあふれ出てしまうし、妻からは無駄なお金を使っていると嫌味を言われる。一応購入した本は精読とは言えないが、それなりに眼を通しているつもりでいるが、そのことに興味のない人間からは場所を取るだけの無用の長物であることは確かだ。

【追記】
 やっと有隣堂で鶴見俊輔のコーナーを本日見つけた。しかし追悼コーナーではなく、文庫本の平積みの端にちくま文庫・同学芸文庫の3冊と関川夏生氏との対談の単行本、合わせて4種が、コメントも無く平積みにされている。
 この4冊は先日まで無かったので、取り敢えず「老いの生きかた」を購入。

ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」

2015年07月27日 23時57分57秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 昨年6月2日の記事に取り上げたブラームスのヴァイオリン協奏曲(シュロモ・ミンツのヴァイオリンで、クラウディオ・アバド指揮のベルリンフィル、1987年の録音)を、再びひっぱり出してきた。

 昨年は梅雨の夜に聴いたが、今年は梅雨明けの暑苦しい夜に聴いている。出だしのオーケストラを聴いてこんな鬱陶しい夜にはちょっとつらい選曲だったかもしれないと思った。それでもヴァイオリンのソロの部分になると少しはホッとする。
 第2、第3楽章から聞くと良かったかもしれない、と反省しながらも結局全曲聴いた。オーボエのソロから始まりヴァイオリンに引き継がれる第2楽章の美しい旋律は、秋の虫の音を想像しながら聴くと、少しは暑苦しさが解消されたような気になる。
 これから風呂に入って就寝する予定だが、この部分を思い出しながら布団に入ることにしよう。


はじめて高校野球を見に行く

2015年07月27日 20時33分29秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 特にどの高校を応援しているということはないのだが、横浜スタジアムで行われている神奈川大会の準決勝を見てみたい、とのリクエストに連れられた第二試合を見に行った。
 日大藤沢と東海大相模で闘われた準決勝の第二試合。両校の試合前の練習から6回の裏表まで見学した。
 ベイスターズ戦を現役の頃は組合の観戦イベントで毎年内野席でナイター観戦したことがあるが、昼間しかも外野席は初めてであった。外野席は一人300円ということでとてもありがたい値段。レフト側の最上段が日陰になっており、直射日光を避けて観戦することができた。試合は東海大相模が8点と大量得点であった。ビールも販売していたがこれは遠慮して静かに両校を応援して、スタジアムを後にした。
 この値段で観戦を楽しめるのはありがたいと思った。

 帰宅途中30日からの山行のために行動食などを購入して、先ほど帰宅。

さすがに疲労困憊

2015年07月27日 10時26分11秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は横浜も今年の夏初めての35℃超えだったという。朝から強い陽射しで組合の会館までの12分で汗が噴き出てきた。しかも着いたの早すぎて、再度駅に戻り喫茶店で時間をつぶして再び歩いた。1往復半も歩いてしまった。
 さらに100人の会議室の机と椅子の設えと氷の買い出しという力仕事。13時に準備が整ったときには太ももがパンパンに張ってしまった。料理の準備は他のスタッフに任せて休養。しかし会場のエアコンは外気温があまりに暑くて思ったより効き目がない。風を一番強くして何とかごまかしたものの、参加者にはだいぶ暑い思いをさせてしまった。
 100人で目いっぱいの会場なので150人近い人数はもともとオーバーである。
 しかもカメラマン役でしゃがんでの撮影だったため膝と太ももがさらに悲鳴をあげていた。後片付けは料理と他のスタッフにお任せで、ロビーのソファで休養させてもらった。料理のスタッフは氷と焼酎の買い増しで猛暑の中、重い荷を抱えて何度もお店を往復したようである。
 とりあえず会は盛況で、ホッとした。

 ただし私のブロックの会員も参加してもらったが、カメラマン役に追われて満足に話ができなかったこと、申しわけなかった。どこかでお詫びをしなければいけない。

 17時半過ぎに片付けと事務連絡が終わって解散。みんな草臥れてその日の内の慰労会・反省会はなし。後日スタッフの慰労会・反省会を企画することになった。

 私は横浜駅で下車して、ひとりで小さな居酒屋に入り、ホッピーと日本酒で一息入れてから帰宅。そのままシャワーを浴びて寝てしまった。

 本日もあまりに暑い。部屋にいたのでは休養にならない。本日はこんな身辺雑記で記事は終了にせざるを得ないかもしれない。


3年半ぶりの通勤スタイル

2015年07月26日 08時57分07秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
ネクタイ・ワイシャツ・革靴という格好で家を出た。落ち着かない。
本日のイベントは「活動仲間を偲ぶ集い」。25年前の組合の再建時以降に亡くなった役員を偲ぼうという企画である。
2年前から準備を始めた一大イベント。現役の組合を巻き込み、24名の写真を集め、経歴とエピソードをまとめ、追悼誌を手作りし、祭壇の手配、招待者を選定し、予算のやりくり、参加者募集とあっという間に日が過ぎた。立食パーティーの惣菜の半分は会員の手作りで経費削減に成功。食品衛生の専門家や看護師、調理員と職種と経験豊富なのが自慢である。
25年前に再建した本日なんとか開催にこぎ着けた。
2年前にワンコインの飲み会でふと出た意見が、大きな催しで実現出来た。

黒っぽいズボンは、ウエストが入らないかと心配したが余裕をもってはけた。
これから13時まで設営であわただしい。

手紙をかくということ、体験にこだわ続けるということ

2015年07月25日 23時40分29秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 最近昔の知人や友人に無性に手紙を書きたくなる。特に学生時代の知人に書くようにしている。この歳になってやはり自分の原点である年代に同じ空気を吸ったか、すれ違ったかは別にしてどのようにその時代を見つめていたか、話を聞きたい。その思いが強くなってきている。
 自分を相対化したいという欲求が強まっている。手紙を受け取った方が迷惑と思うかもしれないが、あんなことを考えていたのか、こんなことを思っていたのか、という穏やかな会話が欲しい。
 それはおととしの仲間の集まり以来、そんな思いが無性に強くなってきた。既に老境に入ってしまったということなのだろうか。あるいは仕事を離れて、他に思考の回路がそのような方向に自然になったということなのだろうか。たぶん両方当たっている。
 そのような会話を通じて、何かが生まれるということは特に期待をせずに、体験を披歴しあえる場面が欲しいと思う。

 一杯のビールよりも、一服の冷たいお茶が似合うような静かに流れる時間が欲しい。一服のお茶だけで、静かに40年の来し方を反芻する時間が得られたら至福の時間と云えるのではないか。

 そんなことを考えながら35分ほどウォーキングをしてきた。