題名は第6章の「カラヴァッジオにおいては、光源はつねに画面の外に想定されていた。だが後には、蝋燭やランプなどを直接画面に持ち込んで、その効果を巧みに利用する試みも行われた。古典主義が晴朗な昼の世界であるとすれば、バロックは光と闇のせめぎ合う世界なのである」から取られたのであろう。バロックの特質をこのようにとらえている。
以下、いつものとおり覚書風に引用。
★ヴェルフリンは‥様式分析の手がかりとして次の五つの対概念を提案した。
1.線的-絵画的
2.平面-奥行
3.閉ざされた形態-開かれた形態
4.多様性-単一性
5.対象の絶対的明瞭さ-相対的明瞭さ
ここに上げた左の特質を備えた様式を「古典主義的」、右の特質を備えた様式を「バロック的」と定義した。
(第2章 静謐な形態感覚-古典主義)
★バロック精神の大きな特色のひとつは、その二重構造にある。描き出されたものは表面の姿の奥にもうひとつ別の隠された意味を持つ。静物画に見られる寓意表現はその代表的な例‥。静物画が絵画ジャンルとして成立するのは、17世紀‥。(冷静な観察眼により描かれた静物画は)同時にこの世の栄華とそのはかなさを暗示するシンボルともなる。‥日常の器物の上に髑髏が君臨する「ヴァニタス」画の流行は、寓意表現への好みをよく示す‥。一見静物画でありながら、その奥に人間という主題が隠されている。
「メメント・モーリ」(死を思え)のもつ宗教的意味が、‥明確に図案化されている。
(第8章 二重構造の世界-写実性と超越性)
★極度の激情表現を好んだバロック芸術は、苦悩の表現においても、忘れがたい崇高なイメージを生み出した。その最も優れた例のひとつは、‥ルーベンスの「キリストの昇架」に描かれたキリストの姿であろう。
(第9章 肉体の悲哀と魂の歓喜-苦悩と法悦)
★ルネッサンスの都市がその理念において閉ざされた調和を目指していたのに対し、バロックの都市は、解放されたダイナミックな構造を特色とするのである。
(第12章 拡大する空間意識-都市と建築)
★バロック性を検証する基準としてルーセが挙げている「本質的時調」は‥
1.不安定(解体されようとする均衡の不安定。膨張、破砕、消滅する形)
2.動静(作品に対する支店の増殖、多元的ヴィジョン)
3.変身(変貌しようとする多様な形、それらの形全体の生み出す動的統一性)
4.装飾の優位(構造に対する装飾の支配、捉えどころのない外観、幻覚の戯れ)
★変化と動きを特色とするバロックの表現は、同時に新しい時間の観念をもたらした。‥週末への予感を含んだ時間の観念である。どんなに豪華のな祝祭もいつかは終りを告げるし、華やかな舞台も必ず幕が降りる‥。時間は永遠性を保証するものではなく、むしろ死に繋がるものである。ジャン・ルーセは「死の執念」をこの時代の文学の大きな特色として指摘しているが、、美術においてもヴァニタス(空しさ)、死、終末が重要な主題‥。バロックの華やかさは、逆説的に週末の不安と結びついている。
(第13章 夢の祝祭世界-文学・音楽・演劇)
★(ロココ美術の)奇抜な発想と装飾趣味は人目を驚かそうというバロックの精神につながるから、ロココはバロックの落とし子だといってもよい。しかしそこにはバロックの豪壮な巨大趣味はない。
★(バロックとロココのおおきい違いは)バロック芸術を支えたものが、宮廷やカトリック教会のような公的制度て権力であったの大使、ロココを育てたのが、いっそう私的な、あえて言えば着やすい日常的な趣味の生活であった‥。
(第14章 生きる喜びの表現-ロココの美術)
★(バロックの)様式上の特質に注目してみれば、古典主義とバロックの対比は、いつの時代にも見出すことができる。19世紀における新古典派とロマン派の対立はねその恰好の例であると言っていよい。‥アングルやその弟子たちが、明確な輪郭線による形態把握と安定した画面構成を重要視したのに対し、ドラクロワに代表されるロマン派の画家たちは、ダイナミックな構図と激しい動勢表現を好んだ。‥その意味でロマン派はバックの落し子と言ってもにい。
★このふたつの性向は、人間存在の奥底につねに流れているものだが、歴史の状況によって、地底のマグマが噴出するように表面に表われてくる。古典主義の時代があり、バロックの時代がある所以である。ロマン主義の時代は、まさしくバロック的性向が激しく溢れ出し、渦巻いた激動期に他ならない。そこにはやはり、変革の時代に対応する大きな思想的変動があった‥。
(第15章 永遠のバロック-新古典派とロマン派)