Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

夜のウォーキング

2017年05月31日 23時28分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日の横浜は湿った風がかなり強かった。みなとみらい地区ではビル風となって、深く被った帽子が飛ばされそうなくらいであった。風を前からまともに食らった若者の自転車が前に進まずに止まってしまっていた。あの風を横から受けたら、倒れて通行人にぶつかったかもしれなかった。あのくらいの風でも自転車は自粛するべきであったようだ。

 私も横浜駅まで歩いてもどることに少々不安を感じたが、歩いてしまった。何かが飛んできて怪我をしてはつまらない。

 横浜駅を過ぎて自宅に向かっているうちに風はとても弱くなった。そして先ほど夜のウォーキングに出かけたところ、風の具合はちょうどよい具合。しかし湿気は相変わらず高かった。6000歩ほど歩いて、本日の合計は21000歩。久しぶりに2万歩を超えた。


「本の旅人」6月号(角川書店)から

2017年05月31日 20時06分16秒 | 読書


 午後に人と待ち合わせをしていた。少し時間のゆとりがあったので有隣堂で文庫本や新書のコーナーを物色してみた。広報誌のコーナーに角川書店の広報誌「本の旅人6月号」を見つけた。恥ずかしながらこの広報誌は初めて目にした。
 巻頭のインタビュー記事が、原田マハであった。彼女の最新刊「アノニム」に関するもので「「アノニム」でわかる、現代アートの楽しみかた」というのがそれに該当する。
 小説そのものの魅力はわからなかった。しかしこの「アノニム」という作品がアメリカのジャクソン・ポロックの作品を念頭に書かれた作品ということであった。小説そのものには興味はないが、「ポロックはキャンパスを床に置き、絵の具を垂らすドリッピングという手法で作品を制作しました。神の視座に立って、真上から真下を描いた人なんです。ポロックはそれまでのモダンアートの画家たちと描き方が違うだけでなく視点も違った。真上からドリッピングしたということがいかに新しかったがわかって衝撃を受けた」と記載されていた。
 「神の視座」には気がつかなかった。


診断結果は異状なし

2017年05月31日 06時52分34秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日の市民病院での診断は予想通りに「異常なし」ということであった。11時の予約であったが、10時20分に受付したのち、待合室で1時間30分以上は待った。実際の診察は12時を過ぎたころ。それでもネガを見ながら10分ほどの説明と診察。
 多分病棟での回診を済ませてから診察に来たのであろう。説明は明快であったと思う。一緒に写っていた肝臓・胆嚢・膵臓などの診断結果についてはも言及があったので、呼吸器科だけでなく、消化器内科や循環器内科の先生など複数での診断をしたようである。
 軽い気管支炎なので、今の内科で処方されている痰を出しやすくする薬をもう少し続けていれば痰と咳はおさまるはずである、ということ、かかりつけ医への手紙をもらった。
 会計はもらった番号札と実際に支払いで呼び出されている番号では40番以上の開きがあったが、どんどん支払いが順調のようで、10分ほどで私の番号が呼ばれた。
 支払いが終わったのが13時直前。いつものとおり8階の食堂での昼食は「とろろ昆布うどん」にした。地下1階のコンビニで弁当を購入しようかとも考えたが、やはり慣れたものを食べたかった。
 帰りは歩いて横浜駅まで。翠嵐高校横を抜けて陽射しを浴びながら歩いた。そんなに早くは歩かなかったものの、横浜駅についてみるとかなり汗をかいた。
 アイスティーを飲みながら「図書6月号」(岩波書店)を読み終えた。

 本日は午前中は講座。午後からは横浜駅の喫茶店で打合せの予定。

「死んだ男の残したものは」

2017年05月30日 22時16分35秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 先ほどたまたまNHKFMを賭けたら、ベストオブクラシックの時間ということで、「藤木大地 カウンターテナー・リサイタル」を放送していた。そしてちょうど、「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)が流れてきた。
 このブログでは過去に2度ほど取り上げたと思うが、もう一度取り上げる。

1.
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった
2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった
3.
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった
4.
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった
5.
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない
6.
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない


 藤木大地はかなり思い入れたっぷりに唄っていた。カウンターテナーという声の質にこの詩が合うのかな、と一瞬思ったが、まったく余計な思いであり、演奏者に失礼であった。いい演奏に思えた。
 今年1月21日の東京文化会館小ホールでのリサイタルでの収録であった。

 この歌は、ベトナム戦争のさなかの1965年、「ベトナムの平和を願う市民の集会」で友竹正則によって披露された。

「図書6月号」から -2-

2017年05月30日 20時37分03秒 | 読書
★千の風とイランカラプテ     新井 満
「イランカラプテとは、アイヌ語で“こんにちは、よく来たね”を意味するのだという。「と同時に、その奥にもう一つの意味がかくれていてね‥‥‥。あなたの心の片隅にそっとふれさせてください‥‥‥」
 これを知ったうえで次の死を読むとなかなか‥である。
  イランカラプテ
        ~君に逢えてよかった~
  遠い町から はるばると
  よく来てくれたね 旅人よ
  ここは 森と湖の大地
  鳥は歌い 風は大空を吹きわたる
  イランカラプテ イランカラプテ
 君に逢えてよかった
  今日はいい日だ

作詞「秋辺デポと新井満の合作

★詩人清白の流離と純化-生誕百四十年と新出日記      伊良子序
「こうした動きを見て、改めて思う。厳しい流離の代償として祖父・清白は、永遠に保たれる純度を得た‥。再び起こった再評価の波に磨かれ、純度を増している祖父のイメージ。‥」

★恐竜の絶滅は哺乳類に影響したか-古生物学vs分子系統学     冨田幸光
「化石記録を見る限りは、恐竜が絶滅した結果、そのニッチを埋めるかのように冠有胎盤類が急速に適応放散したように見え、古生物学では長い間そのように考えられてきた‥。(分子系統学によると現在)目のレベルでの分岐の多くが9000-7500万年前くらいにおこっているという。‥これが正しいとなると、恐竜全盛の時代にすでに(分岐が)怒っており、6600万年前にあった恐竜の絶滅はそれに対して何も影響を与えなかったことになる‥。」
「古生物学と分子系統学の見解をおさめようと、共同研究が行ない、‥真の奇蹄類や偶蹄類(齧歯類、翼手類も同様に)が出現したのはK/Pg境界の約1000万年後である。(このように)化石記録に基づく場合と分子系統学に基づく場合の間に存在した大きなギャップが、ここに来てようやく埋まりつつある‥」


★どこまでも、無名の青年のように新しく     杉田俊介
「「機動戦士ガンダムの」康彦良和は近年、全共闘の仲間たちに声をかけ、聴き取り調査を行っているそうだ。その中には安彦と共に逮捕・起訴され、のちに連合赤軍事件に関与して獄中に行った人々もいる。そうした不穏な因まぐささは、運動の渦中にすらもどこかほのぼのとした滑稽さ、ポカンとするような空白の場があったことも、実は矛盾しないのではないか。‥失敗や遁走やおっちょこちょいなミスなどは、歴史の渦中を生きる人間には避け難いものであるばかりか、かえってそれらこそが、人間の歴史をかろうじて善良にしてきたのではないか。「永続的なゲリラ戦」という左派的なイメージとも少し違う。気弱でおっちょこちょいな、けれども淡々と自分の最善の仕事をやり続ける、平和好きのアジア主義者‥。‥歴史を生きるとは「分かりあえない他者」に向き合うことだと安彦は何度も繰り返してきた。安彦良和の仕事はね今こそ新しく、無名の青年のようにみずみずしい。」

★輪郭を捉える・戦で描く 心理学者の美術館散歩      三浦佳世
「子どもの頃、‥ぬかるんだ道に線画を描く少年を見かけた。‥無心で線を引いている「彼」は、声をかけづらい雰囲気を放っていたが、寂しそうににも見えなかった。‥彼自身の内側に降りていて、誰も邪魔にすることは出来ない印象を放っていた。同時に、意識のかなたで線を引く行為には描く者の心が現われてねだれもそれを勝手に見てはならぬとも感じさせた。簡単に立ち入ってはいけない他人の世界があることを知った日でもあった。」
「ものわつくり出すという行為は言ってみれば極端に個人的なものであり、自分だけの世界をそこに求めるなら、ある部分で社会的状況をかなり断ち切り、自分の内側に深く降りていかねばならない」(大竹伸朗、「既にそこにあるもの」新潮社)

 この連載は今回で終了とのこと。今から思うとコピーを取っておけばよかった。単行本になることを祈っている。しかしなったとしても高価と思われる。私は雑誌は目をとおすとすぐに新聞紙の間に挟んで廃棄してしまう。とても勉強になった連載であったので、とも残念である。

★大きな字でかくこと     加藤典洋
「(「1968」(小熊英二)によると)船曳健夫くんは、全共闘というのは自由参加の組織体だが、このままいけば「テロ」のセンターになるか「政党」になるしかないと考えた。そこてある日、「クラスのストライキ委員会の解散宣言を出し」、「独りで「戦線離脱宣言を出し」、「一人で「戦線離脱宣言」というのを百部刷って駒場の正門で配」った。‥私(加藤典洋)といえば、誰かが無期限ストの終結宣言をやるのを待っていた。それがないのでなかなか、いつまでも大学に足を向けられなかった。永続戦争下の、日本国民みたいに。はじめたものは、自ら終えること。終りは、明るければ明るいほどよい。船曳くんの教えである。」

★死にたいものをして死なしめよ     プレディみかこ
「生きたい者は生きろ、而して死にたい者をして死なしめよ」(山田昭次「金子文子 自己・天皇制国家・朝鮮人」)」
「人間のまったき独立とは命がけで求めるものなのだ。十六歳の文子はそのことを漆黒の瞳でしんしんと読み取っていた。」


★夜明けの囁き      高橋三千綱
 まぁ、私がガンになっても、不治の病になっても、このような入院患者にはならないようにしたいものである。作品や考え方に対する評価と、日常生活や死に向かう生き様に対する評価とはまた、違いがある。違いがあってほしいと思う。


「図書6月号」から

2017年05月30日 09時41分16秒 | 読書
 昨日の夕方に「図書6月号」(岩波書店)が届いた。



 昨晩目をとおしたのは、
★ピアノ調律師の夢      司  修
 司修氏の今回の表紙絵「ピアノ調律師の夢」とそれに付随する文章はとても印象に残った。
「1943(昭和18)年に描かれた井上長三郎(当時37歳)の「トリオ」という絵は、どんよりした憂鬱な空の下の、荒れ果てた広大な砂漠で、グラントピアノを弾く青いロングドレスのピアニストと、ヴァイオリニストが、岩山の下に小さく描かれています。もう一人のチェロ奏者はピアノから遠くはなれていて、とてもトリオを組んでいるとは思えない位置に描かれているので、不安をかき立てられます。‥昭和18年(5.31)といえば、アッツ島玉砕のニュースが‥報じられていました。殺伐とした風景、私はそれが、戦争で疲弊した庶民の姿と感じられるのです。‥(今回の「ピアノ調律師の夢」は)、「トリオ」という絵が、形を変えて私の夢に出てきます。砂漠の下は空襲で燃えている火炎地獄です。砂漠のグランドピアノは熔けてしまいそうですが、鳥人間であるピアノ調律師が現われて、何としても音を出そうとするのです。」
 戦争中の画家井上長三郎の作品のように、司修氏は現在の政治状況に極めて危機感を強くしておられるのであろう。井上長三郎の作品も見てみたいものである。
★旅番組での発見       伊藤成人
「旅番組でのもうひとつの発見は、日本の土地の奥深さ。どこへ行っても神社があり鎮守の森があります。その多くがいつからあるのか記録がないほど古い。‥故郷や郷土への愛は誰もが抱く自然な感情で、‥この列島に住む者の普遍的な文化。国を愛せ、と誰かに言われる所以もなければ、命令されることでもない。」

 本日病院の待ち時間の間に残りを読むつもりでいる。

昨晩は梅雨のような湿気

2017年05月29日 23時47分51秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 23時前に約40分、5000歩ほどのウォーキングに出かけた。昼間のようにからっとした風を期待していたが、湿気の多い風だった。梅雨時のような感じで、汗が乾かずに肌にじとっと貼り付いたままの気持ちの悪さであった。
 14時半の横浜の湿度は45パーセントと表示されているのだが、今はもっと高かったように思う。
 そろそろ紫陽花も咲きはじめ、梅雨入り間近かである。横浜の梅雨入りは例年6月の第1週くらいであるから、もう来週にも梅雨入りとなってもおかしくない。7月下旬までの1か月半近くで梅雨明けとなる。
 今年の梅雨はどんなふうなのだろうか。被害が出ないような梅雨であってほしい。

★水郷の水の暗さも梅雨に入る     井沢正江

 陽射しがないからだけではなく、梅雨に入ると川の水も、池も湖も、暗く沈んだ色になる。水が重みを増し、さざなみも減って粘性が高くなったかのようにまったりとする。

明日は市民病院

2017年05月29日 22時08分26秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 明日は昼前に市民病院で肺のCTの診断結果を聴きに行くことになっている。11日にレントゲン写真を見て、特に心配はないといわれていたし、その後急ぎで来いとの連絡もないので、問題はないと思われる。
 11時の予約だが、10時半に受付をしてもお昼をまわってから呼ばれるような予感がしている。

 一応4週間分出された痰と咳を抑える薬が効いているのか、一時期よりはずっと痰は少なくなった。それでも朝などは少し絡む。

 明日の帰途は市民病院から横浜駅まで歩いてみるのも楽しそうである。バス通りを行くのではなく、住宅街を通り抜けて行くことを考えている。地図をもって遠回りしてみたい。といっても距離にして4~5キロ位だろうか。ただし陽射しは強く暑そうである。

加藤楸邨「雪後の天」より

2017年05月29日 20時51分30秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 加藤楸邨の「雪後の天」より
★痩せはてし写真の祖母や蛍籠 「17年抄」の「夢と鯵」から
★蛍籠軍歌さくさくさくさくと      同上
★明易き葉がささげたる青蛙       同上
★鯵くふや夜はうごかぬ雲ばかり     同上

 初夏の句を探していたら、加藤楸邨の句集にこの4句があった。昭和17年というとミッドウェー海戦が6月初旬であるから、ちょうどその自分の句であろう。国内では軍や政府の発表で戦勝気分であったようだが、実際はこののち敗戦に向かっていく。
 第1句、老い、病、などで痩せた祖母の写真が飾ってあるのであろう。そして蛍籠の取り合わせは、作者の思い出の中にある祖母との交流の場面に生きているのであろう。それが戦争という厳しい状況の中でいとおしく迫って来る、というのであろうか。
 第2句、蛍籠と軍歌、この取り合わせがわかりにくい。軍歌さくさく、というのも今の私たちにはよく理解できない。多分戦意高揚のために街中に流され、そこここから溢れている様と、蛍を大切に蛍籠に入れて喜んでいる子等の明るい声が対比されているのかと想像はしている。
 第3句も私にはわかりにくかった。戦争の影はどこにも見当たらないと思うが、「葉がささげたる」がわからないでいる。初夏の頃の葉の先に小さな青蛙が載って、葉を押し下げているのを明け方に発見したのだろうか。ただし露時の明け方の湿気の多い朝の大気を思い出してみるのもいいかもしれない。
 第4句、鯵の美味しい季節である。この初夏の晴れる日の多い時期、夜の空に浮かぶ雲も、透明度の高い夜の空に雲の白がとても映える。この雲の美しさをちゃぶ台に前に座って夕食を摂る家族を配することでの効果というものが何となく想像できる。


ベートーベン「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」

2017年05月29日 10時33分06秒 | 読書


 昨晩は寝汗をたくさんかいた。寝間着の上衣と枕が汗で濡れていた。両肩が重かった。朝6時ころに、濡れて着心地が悪いので、寝る前に来ていたTシャツに着替えて、枕には乾いたタオルをかけて再度寝た。
 いつものとおり8時頃に再度目が覚めた時は、気分は上々。重さを感じていた両肩も軽快であった。いつものことながら夢はまったく記憶にない。熱が出ていたわけでもなさそう。
ストレスによる自律神経の乱れ、肺結核、甲状腺機能亢進症、風邪とうとういろいろ考えられるそうだが、一晩だけなのであまり心配はしないでおこう。続くようなら手立てが必要ということなのだろう。

 昨日はベートーベンのピアノトリオ「大公」を聴いていたので、本日はベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」。ピアノはアシュケナージ、ズービン・メータ指揮のウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏である。録音は1983年。
 この曲は「大公」の2年前に作られている。ナポレオン軍のウィーン攻撃のころに作られたという。曲は「大公」と同じくルドルフ大公に献呈されている。
 私はこのピアノ協奏曲を聴くたびに、特に「大公」との比較から、ベートーベンの曲は管弦楽という大規模編成の曲よりも室内楽の方が私の好みである、ということを実感する。
 第1楽章、軽快でピアノとオーケストラとのバランスもいい曲なのだが、他の管弦楽曲と同様どこか軍隊調に感じる。
 どうも私はベートーベンの良き鑑賞者にはなれそうない。

   


戸惑うばかり‥

2017年05月28日 23時02分21秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 美術館・博物館めぐりはしばらく休養かもしれない。
 森アーツセンターの「大エルミタージュ」展、国立科学博物館の「大英自然史博物館」展、東京都美術館の「ブリューゲル「バベルの塔」」展などがある。団地の管理組合の業務が軌道に乗るまでは気分的にも落ち着かない。
 労働組合の退職者会の会議の在り方やレジュメの作り方、行動の在り方、仲間内の付き合いの仕方などは、長年の経過の中ですでに自分なりのパターンが出来上がっているし、また共通の在り方を共有している。
 しかし団地の管理組合の会議や文書の在り方、議論の仕方などわからないことが多い。これまで諮問会議には長年出ていたが、どちらかというとお手伝いの域を出ていなかったのかもしれない。課題は重いものばかりであるが、戸惑うこともまた多い。

 明日も午後は打合せが続く。

 こういう時は、好きな曲を聴き、好きな本を読み、気分を転換しないと‥。

ベートーベン「ピアノ三重奏曲第7番《大公》」

2017年05月28日 22時03分32秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 本日聴いている曲はベートーベンの「ピアノ三重奏曲第7番《大公》」。演奏はスーク・トリオ(ピアノ:ヤン・パネンカ、ヴァイオリン:ヨゼフ・スーク、チェロ:ヨゼフ・フッフロ)で1975年の録音。
 ヴァイオリン協奏曲を除いてベートーベンは私はあまり聴くことがないが、この曲は割と好みである。ベートーベンが40歳、1811年に作られた。第1楽章の第1主題はピアノ協奏曲《皇帝》と同じである。堂々としていて聴いた途端に気分がおおらかになる。
 解説によるとこの第7番に至って、ハイドンやモーツアルト、あるいはベートーベン自身のピアノが主体であったこれまでのピアノ・トリオの枠を破って3つの楽器が平等に競い合う関係で作られているという。
 確かにピアノ、ヴァイオリン、チェロのそれぞれの音色が心地よく楽しめる。
 4つの楽章それぞれに惹かれるところがある。私は第2楽章のチェロ、第1楽章のピアノ、第3楽章の主題に現われるヴァイオリンと変奏曲に現われるチェロとヴァイオリンの掛け合い、第4楽章のピアノが気に入っている。

   


喫茶店で爆睡

2017年05月28日 18時53分22秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 午後からは目の疲れも取れたようなので、妻と一緒に途中まで出掛けた。近くの喫茶店でサンドイッチとコーヒーのランチ。そこで別れて私は図書館で読書と、夏用の野球帽の購入。妻は買い物。
 これまでメーデーで配布となったメッシュの野球帽を使ってきたが、4つほどのいづれもがボロボロになってしまった。今回は2000円余を払って作りのしっかりした、大きめのものを購入。冬用のものと同じ値段であった。
 そののち、横浜駅までウォーキング。いつものとおり家電量販店でプリンターのインクの値段を探り、有隣堂で新刊書のチェック。プリンターの純正品インクの値段がほぼ売り出し開始時期の高値で推移している。一時はかなり下がったが最近は値がもとにもどってまったく下がらない。

 喫茶店に入りアイスティーを飲みながらうつらうつらし始めたら、あっという間に寝てしまった。1時間ほど寝たであろうか。読もうとした本を手に持ったまま、寝ていた。よだれは垂らしていなかったが、うつむいたまま身じろぎもしなかったようだ。
 寝覚めはすっきり。遅くなったのでバスにて帰宅。

 夕食後は多少の作業時間。

蒸しタオルの効果

2017年05月28日 10時46分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 目のしょぼしょぼする感じはだいぶ改善された。目を暖めるのは気持ちがいい。眠りも誘ってくれる。目を閉じて仰向けになっていると、落ち着く。単に目を閉じるだけだと、寝ていても床に吸い込まれるような下降する力を感じる。「引力を感じる」などという表現に出会うことがあるが、こんな感じなのかと思う。

 しかし熱めのタオルで目を覆っていると、その下へ引きずり込まれる感覚はない。平衡のまま安定した気分になる。私だけの感覚なのか、みんながそのように感じるのか、人に聞いたことはないのでわからない。タオルから蒸気となって発散していく水蒸気の上方への拡散の力と、引力が釣り合っているのだと、高校生のころに大真面目で考えたことがある。

 引力を感じる、というのと同じレベルの他愛のない思い付きであるが、当時はエアポケットに入ったように真剣に考えていた。いつの間にか悩んでいること自体を忘れてしまっていたと思う。

眼が疲れているようだ

2017年05月27日 23時01分03秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 明日は特に予定がない。もともと朝起きるのが遅いが、さらにのんびり寝ていたいと思う。午後から用事もない。とぱいえ、昼間で寝ているわけにはいかない。かえって腰痛が再発することもある。また昼間からお酒を飲んでしまうのも嫌である。

 静かに読書でもしたいが、たくさんの量が読める自信はない。眼が少し疲れ気味だと感じている。昨日あたりから細かい字を見ると目がしょぼしょぼするようになった。

 眼が疲れているときは、昔から熱いタオルを固く絞って目に当てていた。学生時代も仕事をしていたときも随分楽になった。定年後はしたことがない。久しぶりに今晩これからやってみようかと思う。明日の朝楽になっていることを願いたい。