【出演】伊集院光、島津有理子アナウンサー
【指南役】宮崎哲弥(評論家)
【朗読】田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
この回のイラストも高橋昴也さんが手がけていたのか
小松左京さんは名前は知っていても、一度も読んだことがない
今回の1回分しか予録せず、全部観たかったと後悔した
SF好きには外せない作家なんだとよく分かった
しかも、朗読が田中哲司さん/驚×5000
※「ドラマのマイベスト」カテゴリー内の「田中哲司さん出演作まとめ」に追加しました
【内容抜粋メモ】
小松左京の最高傑作とも言われる「ゴルディアスの結び目」
少女が起こす怪奇現象の原因とは?
その心の中に入り込むと おぞましい闇の世界が見えてきます 映画『キャリー』みたい
人間の心の奥底に秘められたもう一つの宇宙を読み解いていきます
アナ:
ファンの間では傑作と呼び声が高い 本格SFなんですが
同時に、とても怖いホラーでもあるんです
指南役 評論家の宮崎哲弥さん
宮崎:
小松左京は「日本沈没」とか いろんな大作を書くんですけれども、中編が良い作家なんです
野心的、挑戦的な領域に挑んでいた頃の小松左京が表れていて
私は本当に最も好きな作品です
基本情報
タイトルの由来は、古代ギリシャ時代
アレクサンダー大王が、誰にも解けない複雑な結び目を剣で断ち切った という逸話から
宮崎:
結び目と言うと解くという発想でしょう
ところが剣で断ち切った というのは全く新しい新機軸で
問題を解決するということの象徴なんです
アレキサンダーが 刀で結び目を切って見せたように
何か新しい発想 今までとは違う視点で問題を解決する
そういうことが込められている
内容紹介
かつてそれは部屋だった
間口5m 奥行7m 高さ4m
特殊合金製の鉄筋を入れた特別製のPSコンクリートの柱で四隅を支えられ
それ自体が頑丈極まりない箱のようなものだった
今それは直径25cm 弱の表面に僅かに凸凹のあるボールになっている
球体は刻一刻より固く、より小さく縮み続けている
かつて、この球体が部屋であった時、中に二人の人物がいた
男と・・・女と・・・
直径25cm ほどのボールが精神病院の一つの部屋であったことが明かされます
まるで要塞のようなその病院にやってきたサイコ・ディテクティヴ(心理探偵)の伊藤浩司
クビチェック院長、ユーイン医師が迎えます
その夜、女性の鋭い悲鳴が聞こえ、か細い鳴き声に変わりました
地震のような振動がふいに止むと、獣の叫び声が
「随分賑やかなところですね」
翌朝、コーヒーショップで再び医師に会った時 彼はちょっと苦笑しながら軽い皮肉を込めて言った
「まるでお化け屋敷だ
精神病棟はずいぶん回りましたが、ここには相当な大物がいるようですな」
伊藤は、ある秘密の病室へと案内される
獣のような異臭のする部屋に 長い黒髪の少女が横たわっていました 患者マリアK
伊藤は、少女の美しさ、清らかさにかすかにショックを受けた
顔色は死人のように青ざめていたが
その臈たけた顔立ちは、眠りの森の美女のように神々しくさえあった
近づくと少女には鋭い牙と 2本の角が生えていました
「8か月前・・・」院長はちょっと咳払いした
「彼女はサンベルナルディーノ郊外の山中で、4歳年上の恋人を噛み殺しました
発見された時、彼女は男の喉笛を食いちぎり、心臓を引きずり出して食べていました」
そして、この病院に収容された後も
縛られたまま寝台を持ち上げ
岩や石を降らせたりするのだと院長は告げます
少女は、恋人からて酷い裏切りを受けたことがトラウマとなり
「悪魔憑き」の状態となっているのです
少女の治療には、ある団体から 莫大な財産が注ぎ込まれており 伊藤は背後に企みを感じます
伊集院光:
まず冒頭すごいですね これがかつて部屋だったの? どういうことですか?
宮崎:
この冒頭は SF でしかありえない
当時はエクソシストをはじめとしてオカルトブームだった
その要素を取り入れたと言ってもいいんだけれども
少女の身技、心の在り方が
どういう風に SF 的な主題に重なり合っていくのかというのが読みどころ
伊集院:
岩が降ってくるって 幻覚なの? なんなのって思いますけど まぁ進めましょう
登場人物
宮崎:
主人公の伊藤の職業が探偵ですよね
どういうことを実際やるかというと、特殊な機器を使って
患者の意識の中に、直接自分の意識を入れていく
それによって人の意識の中に潜入して、いろいろな精神的な障害、原因を探りだす
精神分析がいろんな対応しながら原因を探るじゃないですか
それを直接意識をつなぐことによってやる
内容
伊藤がマリアの心の中にサイコダイブしていくと 真っ黒な森の中に入りました
目を覚ますと、緑色の目を光らせて唸る少女 マリアの異常な姿がありました
(寝台が天井に上がり岩が降ってくる
「一体、今まであの子にどんな治療をやったんです?」
伊藤はカルテに目を通しながら呟いた
「精神分析アナライザーに見せたんですか?」
「アナライザーの手に負える相手じゃなかったようだな」 院長は目をそらせた
「それに、あの娘が本当に治せるかどうか
実をいうと、私自身もその点についてはあまり興味を持っていない」
「じゃあ、私は何のために呼ばれたんです?」
2度目のダイブでは、マリアの身に起きた 事件の数々と
彼女が受けた心の傷跡が赤裸々な光景として 伊藤に見せられます
マリアは愛した男に麻薬を打たれ、性的虐待を受けていたことがわかります
さらにその奥へ進むと、野原にマリアが立っていました
「助けてください」
マリアは、涙にぬれた青白い顔をこちらに向け、嘆願するようにつぶやいた
「私は生まれて初めて、全身全霊をあげてヘンリーを愛しました だのに・・・それが・・・」
彼は静かに近づきながら囁きかけた
「過去を見るな 未来を見るのだ
傷の痛みを忘れるためにも 光を見ようと意志するんだ」
「助けて・・・助けてください」
マリアは血を流し、涙を流しながら 手を差し伸べ 身もだえして叫んだ
「私をここからだ助け出して お願い 苦しい」
マリアは灼熱の炎を吹き出し 燃え上がっていきました
一方、精神物理学者である院長はマリアの起こす超常現象のエネルギーに注目していました
「あの憑きものが彼女を通じてやってくると
明らかにある種のエネルギーと質量が滲透してくる
だが、どうしても分からんのは その巨大なエネルギーは
どこから、どこを通って、どうやって あの密室内に出入りしているかだ」
院長は 超空間を通って、別の宇宙からのエネルギーが
あの部屋に出入りしているのではないかという仮説を立てていました
そのためにも伊藤に憑きものとの接触を試みてほしいと頼みます
宮崎:
マリアは良家のお嬢さん 初めて心の底から愛した男性がヘンリーだった
ところがこいつが本当に悪い奴で、彼女麻薬漬けにして
売春させたり、仲間にレイプさせたり、挙句の果ては他の女に走ってしまう
心の傷によってマリアは一般的に ホラー映画で言うところの 悪魔憑きの状態になってしまう
でも単なる悪魔憑きではなかった
光:あの岩はどこから来るのかということですよね
宮崎:
超常現象が本当に起こってしまう
マリアの心の中の中のかなりグロテスクなシーンが執拗に続いていて
人類が世界史において経験した様々な残虐な「虐殺」とか「魔女狩り」とか
そういうものの記憶がどんどん繰り返されていく
光:そこに入っていく伊藤は地獄巡りですね
宮崎:ここの部分だけで言うと人類が経験した地獄を追体験しているに等しい
「なぜ小松はこのような地獄を描いたのか?」
宮崎:
真に迫った 現代における地獄 リアルな地獄とは何なのか?
というのを読者に見せようとしたところが大きいと思います
小松が最も影響を受けた書物として ダンテの「神曲」がある
これは著者自身が地獄や煉獄、天国を巡る話なんですけれども
この作品は小松版「神曲 地獄篇」
光:僕らは伊藤としてそこに入っていく感じですものね
アナ:
もう一つ読み進んでいて驚いたのは
院長は、実は治療に関心がなく、エネルギーに関心がある
院長の推論を図に表した
宮崎:この少女の 心の結び目、トラウマと、宇宙のブラックホールが通じている
光:
ぶっ飛んできましたね
でも比喩として面白いのは 僕のブラックホールの知識としては何でも吸い込む
天体が燃え尽きたら 縮まっていって、そこがすごい重力になって
光も通さないからブラックで そこが 果てしない心の闇と繋がっていると
宮崎:
ブラックホールとつながる他の宇宙と繋がっていて
そこから質量やエネルギーが入ってきている、というのが院長の仮説なんです
しかも、院長の目論見というのは、そのエネルギーをコントロールして
活用できないかっていう発想があるんです
たとえば、トラウマによって発電所をつくるみたいな(面白いな
ゼロに近いところから いろんなエネルギーを取り出すことができる
光:
ここにきて全然違う話になりましたね SF になってきた
でも不思議にしっくりとくる
人間の心にどれだけの闇が住んでるのっていうこの辺に
僕は「小松左京マジック」と言うか もはや「分野」と言うか
ただ問題は 伊藤は彼女を治しに来てるわけですよね でも院長は目的が違う
宮崎:
この医院の背後には、謎の団体があって何億ドルも金を出している
産業化しようとしている組織があるということ
一方、救いたいという気持ちから伊藤とマリアには愛が芽生えていく
この後、もう一度伊藤はマリアの心の中にダイブします
内容:
「人間の心の傷 固くむすぼれた魂を全て解きほぐし
癒すことができると思うのは これは傲慢というものじゃないかね」
と院長は苛立たしげに口ひげをこすった
「傷やむすぼれがある程度以上になると
もはや完全に癒すことも解きほぐすこともできなくなるんだ
“ゴルディアスの結び目”のように」
伊藤は いつしか黒い沼にたどり着きます
沼に架かる橋は 向こう側の世界への通路になっているようでした
橋の向こうにある黒い森は、まさにあらゆる秩序が崩壊した地獄絵図のような世界でした
おびただしい死体が散乱し、死者たちが蠢くその向こうに 全裸のマリアがいました
角と牙を生やした姿で 男の心臓をかじっています
マリアを犯している2匹の魔物を伊藤が攻撃すると
合体して 院長の姿になりました
院長は、向こう側との通路である マリアの病が癒えないよう
強姦を繰り返し 彼女を傷つけていたのです
やがて院長の背後の闇に金色に輝く 美しい男の姿が ルシファー(堕天使)でした
「ルシファー あんただな いや、分かっている
本当はあんたの背後にいる闇 暗黒の闇だ
そうか この奇妙な世界の囚人となって二度と帰れないとするなら
逆にこの世界の中心部“特異点”の向こう側はどうなっているか
その方向へ突き進むより仕方がないわけだな」
「おいで マリア 愛しているよ
実を言うと、君をなんとか癒そうと思いつめ、そのために愛し始めさえしたんだが
癒せないとあらば、二人でこの世界の底の底まで探ってみよう
一人で行くより、二人のほうが心強い さあ行こう マリア」
病室は大音響とともに 内部に向かって崩壊し 収縮し始めました
このゴルディアスの結び目が縮潰を続けるとするなら
マイクロブラックホールとなるであろうということである
アナ:残ったのは結局これだけだったということになりますよね
宮崎:
浴槽の栓をビューっと抜いたような状況
ざーっと渦を巻いていって 向こう側に行っちゃう
全てのものがすごい重力とともに 特異点を通って
おそらくは 今までは いろんなエネルギーの質量が入ってきたように出て行ってしまった
そんな中にこの二人も いるのではないかと
(全世界引きずり込まれるわけではないのか
院長は「ゴルディアスの結び目だ」といった
それを精神分析的な方法で解きほぐすのではなくて
中心まで突き抜けていこうと
突き進むということが、いわばアレキサンダーが結び目を断ち切ったように一つの打開策
そうすると、やっぱり別の宇宙に超出していったのではないかという気がします
光:それも愛をもってという
宮崎:
命がけの愛によって突破していくそういう物語
ロマンティックでしょう?
伊集院:
僕はまったく別のところで ものすごく心が揺さぶられたのは
比喩表現とかで 人間の心の中の 闇とか
もっと言うと 心にブラックホールのような
どんな言葉も届かない、そういう闇を抱えちゃった人たちがまさに今現代
とてつもない事件を起こすようなことがあるじゃないですか
それに対して そのブラックホールを打ち破るのは命がけの愛だっていう事に
ちょっとグッときちゃって
宮崎:
いろんなおぞましい様相とか、地獄絵図を描いたとしても
最後、人間に対する肯定というのは出てくるんです
だから、その読み方はとても正当だと思います
光:
この SF の中に 今世の中にあるパーツでなかなか解決できないことを
解決してくれる何かがあるというのはバチっときましたね
次回
【指南役】宮崎哲弥(評論家)
【朗読】田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
この回のイラストも高橋昴也さんが手がけていたのか
小松左京さんは名前は知っていても、一度も読んだことがない
今回の1回分しか予録せず、全部観たかったと後悔した
SF好きには外せない作家なんだとよく分かった
しかも、朗読が田中哲司さん/驚×5000
※「ドラマのマイベスト」カテゴリー内の「田中哲司さん出演作まとめ」に追加しました
【内容抜粋メモ】
小松左京の最高傑作とも言われる「ゴルディアスの結び目」
少女が起こす怪奇現象の原因とは?
その心の中に入り込むと おぞましい闇の世界が見えてきます 映画『キャリー』みたい
人間の心の奥底に秘められたもう一つの宇宙を読み解いていきます
アナ:
ファンの間では傑作と呼び声が高い 本格SFなんですが
同時に、とても怖いホラーでもあるんです
指南役 評論家の宮崎哲弥さん
宮崎:
小松左京は「日本沈没」とか いろんな大作を書くんですけれども、中編が良い作家なんです
野心的、挑戦的な領域に挑んでいた頃の小松左京が表れていて
私は本当に最も好きな作品です
基本情報
タイトルの由来は、古代ギリシャ時代
アレクサンダー大王が、誰にも解けない複雑な結び目を剣で断ち切った という逸話から
宮崎:
結び目と言うと解くという発想でしょう
ところが剣で断ち切った というのは全く新しい新機軸で
問題を解決するということの象徴なんです
アレキサンダーが 刀で結び目を切って見せたように
何か新しい発想 今までとは違う視点で問題を解決する
そういうことが込められている
内容紹介
かつてそれは部屋だった
間口5m 奥行7m 高さ4m
特殊合金製の鉄筋を入れた特別製のPSコンクリートの柱で四隅を支えられ
それ自体が頑丈極まりない箱のようなものだった
今それは直径25cm 弱の表面に僅かに凸凹のあるボールになっている
球体は刻一刻より固く、より小さく縮み続けている
かつて、この球体が部屋であった時、中に二人の人物がいた
男と・・・女と・・・
直径25cm ほどのボールが精神病院の一つの部屋であったことが明かされます
まるで要塞のようなその病院にやってきたサイコ・ディテクティヴ(心理探偵)の伊藤浩司
クビチェック院長、ユーイン医師が迎えます
その夜、女性の鋭い悲鳴が聞こえ、か細い鳴き声に変わりました
地震のような振動がふいに止むと、獣の叫び声が
「随分賑やかなところですね」
翌朝、コーヒーショップで再び医師に会った時 彼はちょっと苦笑しながら軽い皮肉を込めて言った
「まるでお化け屋敷だ
精神病棟はずいぶん回りましたが、ここには相当な大物がいるようですな」
伊藤は、ある秘密の病室へと案内される
獣のような異臭のする部屋に 長い黒髪の少女が横たわっていました 患者マリアK
伊藤は、少女の美しさ、清らかさにかすかにショックを受けた
顔色は死人のように青ざめていたが
その臈たけた顔立ちは、眠りの森の美女のように神々しくさえあった
近づくと少女には鋭い牙と 2本の角が生えていました
「8か月前・・・」院長はちょっと咳払いした
「彼女はサンベルナルディーノ郊外の山中で、4歳年上の恋人を噛み殺しました
発見された時、彼女は男の喉笛を食いちぎり、心臓を引きずり出して食べていました」
そして、この病院に収容された後も
縛られたまま寝台を持ち上げ
岩や石を降らせたりするのだと院長は告げます
少女は、恋人からて酷い裏切りを受けたことがトラウマとなり
「悪魔憑き」の状態となっているのです
少女の治療には、ある団体から 莫大な財産が注ぎ込まれており 伊藤は背後に企みを感じます
伊集院光:
まず冒頭すごいですね これがかつて部屋だったの? どういうことですか?
宮崎:
この冒頭は SF でしかありえない
当時はエクソシストをはじめとしてオカルトブームだった
その要素を取り入れたと言ってもいいんだけれども
少女の身技、心の在り方が
どういう風に SF 的な主題に重なり合っていくのかというのが読みどころ
伊集院:
岩が降ってくるって 幻覚なの? なんなのって思いますけど まぁ進めましょう
登場人物
宮崎:
主人公の伊藤の職業が探偵ですよね
どういうことを実際やるかというと、特殊な機器を使って
患者の意識の中に、直接自分の意識を入れていく
それによって人の意識の中に潜入して、いろいろな精神的な障害、原因を探りだす
精神分析がいろんな対応しながら原因を探るじゃないですか
それを直接意識をつなぐことによってやる
内容
伊藤がマリアの心の中にサイコダイブしていくと 真っ黒な森の中に入りました
目を覚ますと、緑色の目を光らせて唸る少女 マリアの異常な姿がありました
(寝台が天井に上がり岩が降ってくる
「一体、今まであの子にどんな治療をやったんです?」
伊藤はカルテに目を通しながら呟いた
「精神分析アナライザーに見せたんですか?」
「アナライザーの手に負える相手じゃなかったようだな」 院長は目をそらせた
「それに、あの娘が本当に治せるかどうか
実をいうと、私自身もその点についてはあまり興味を持っていない」
「じゃあ、私は何のために呼ばれたんです?」
2度目のダイブでは、マリアの身に起きた 事件の数々と
彼女が受けた心の傷跡が赤裸々な光景として 伊藤に見せられます
マリアは愛した男に麻薬を打たれ、性的虐待を受けていたことがわかります
さらにその奥へ進むと、野原にマリアが立っていました
「助けてください」
マリアは、涙にぬれた青白い顔をこちらに向け、嘆願するようにつぶやいた
「私は生まれて初めて、全身全霊をあげてヘンリーを愛しました だのに・・・それが・・・」
彼は静かに近づきながら囁きかけた
「過去を見るな 未来を見るのだ
傷の痛みを忘れるためにも 光を見ようと意志するんだ」
「助けて・・・助けてください」
マリアは血を流し、涙を流しながら 手を差し伸べ 身もだえして叫んだ
「私をここからだ助け出して お願い 苦しい」
マリアは灼熱の炎を吹き出し 燃え上がっていきました
一方、精神物理学者である院長はマリアの起こす超常現象のエネルギーに注目していました
「あの憑きものが彼女を通じてやってくると
明らかにある種のエネルギーと質量が滲透してくる
だが、どうしても分からんのは その巨大なエネルギーは
どこから、どこを通って、どうやって あの密室内に出入りしているかだ」
院長は 超空間を通って、別の宇宙からのエネルギーが
あの部屋に出入りしているのではないかという仮説を立てていました
そのためにも伊藤に憑きものとの接触を試みてほしいと頼みます
宮崎:
マリアは良家のお嬢さん 初めて心の底から愛した男性がヘンリーだった
ところがこいつが本当に悪い奴で、彼女麻薬漬けにして
売春させたり、仲間にレイプさせたり、挙句の果ては他の女に走ってしまう
心の傷によってマリアは一般的に ホラー映画で言うところの 悪魔憑きの状態になってしまう
でも単なる悪魔憑きではなかった
光:あの岩はどこから来るのかということですよね
宮崎:
超常現象が本当に起こってしまう
マリアの心の中の中のかなりグロテスクなシーンが執拗に続いていて
人類が世界史において経験した様々な残虐な「虐殺」とか「魔女狩り」とか
そういうものの記憶がどんどん繰り返されていく
光:そこに入っていく伊藤は地獄巡りですね
宮崎:ここの部分だけで言うと人類が経験した地獄を追体験しているに等しい
「なぜ小松はこのような地獄を描いたのか?」
宮崎:
真に迫った 現代における地獄 リアルな地獄とは何なのか?
というのを読者に見せようとしたところが大きいと思います
小松が最も影響を受けた書物として ダンテの「神曲」がある
これは著者自身が地獄や煉獄、天国を巡る話なんですけれども
この作品は小松版「神曲 地獄篇」
光:僕らは伊藤としてそこに入っていく感じですものね
アナ:
もう一つ読み進んでいて驚いたのは
院長は、実は治療に関心がなく、エネルギーに関心がある
院長の推論を図に表した
宮崎:この少女の 心の結び目、トラウマと、宇宙のブラックホールが通じている
光:
ぶっ飛んできましたね
でも比喩として面白いのは 僕のブラックホールの知識としては何でも吸い込む
天体が燃え尽きたら 縮まっていって、そこがすごい重力になって
光も通さないからブラックで そこが 果てしない心の闇と繋がっていると
宮崎:
ブラックホールとつながる他の宇宙と繋がっていて
そこから質量やエネルギーが入ってきている、というのが院長の仮説なんです
しかも、院長の目論見というのは、そのエネルギーをコントロールして
活用できないかっていう発想があるんです
たとえば、トラウマによって発電所をつくるみたいな(面白いな
ゼロに近いところから いろんなエネルギーを取り出すことができる
光:
ここにきて全然違う話になりましたね SF になってきた
でも不思議にしっくりとくる
人間の心にどれだけの闇が住んでるのっていうこの辺に
僕は「小松左京マジック」と言うか もはや「分野」と言うか
ただ問題は 伊藤は彼女を治しに来てるわけですよね でも院長は目的が違う
宮崎:
この医院の背後には、謎の団体があって何億ドルも金を出している
産業化しようとしている組織があるということ
一方、救いたいという気持ちから伊藤とマリアには愛が芽生えていく
この後、もう一度伊藤はマリアの心の中にダイブします
内容:
「人間の心の傷 固くむすぼれた魂を全て解きほぐし
癒すことができると思うのは これは傲慢というものじゃないかね」
と院長は苛立たしげに口ひげをこすった
「傷やむすぼれがある程度以上になると
もはや完全に癒すことも解きほぐすこともできなくなるんだ
“ゴルディアスの結び目”のように」
伊藤は いつしか黒い沼にたどり着きます
沼に架かる橋は 向こう側の世界への通路になっているようでした
橋の向こうにある黒い森は、まさにあらゆる秩序が崩壊した地獄絵図のような世界でした
おびただしい死体が散乱し、死者たちが蠢くその向こうに 全裸のマリアがいました
角と牙を生やした姿で 男の心臓をかじっています
マリアを犯している2匹の魔物を伊藤が攻撃すると
合体して 院長の姿になりました
院長は、向こう側との通路である マリアの病が癒えないよう
強姦を繰り返し 彼女を傷つけていたのです
やがて院長の背後の闇に金色に輝く 美しい男の姿が ルシファー(堕天使)でした
「ルシファー あんただな いや、分かっている
本当はあんたの背後にいる闇 暗黒の闇だ
そうか この奇妙な世界の囚人となって二度と帰れないとするなら
逆にこの世界の中心部“特異点”の向こう側はどうなっているか
その方向へ突き進むより仕方がないわけだな」
「おいで マリア 愛しているよ
実を言うと、君をなんとか癒そうと思いつめ、そのために愛し始めさえしたんだが
癒せないとあらば、二人でこの世界の底の底まで探ってみよう
一人で行くより、二人のほうが心強い さあ行こう マリア」
病室は大音響とともに 内部に向かって崩壊し 収縮し始めました
このゴルディアスの結び目が縮潰を続けるとするなら
マイクロブラックホールとなるであろうということである
アナ:残ったのは結局これだけだったということになりますよね
宮崎:
浴槽の栓をビューっと抜いたような状況
ざーっと渦を巻いていって 向こう側に行っちゃう
全てのものがすごい重力とともに 特異点を通って
おそらくは 今までは いろんなエネルギーの質量が入ってきたように出て行ってしまった
そんな中にこの二人も いるのではないかと
(全世界引きずり込まれるわけではないのか
院長は「ゴルディアスの結び目だ」といった
それを精神分析的な方法で解きほぐすのではなくて
中心まで突き抜けていこうと
突き進むということが、いわばアレキサンダーが結び目を断ち切ったように一つの打開策
そうすると、やっぱり別の宇宙に超出していったのではないかという気がします
光:それも愛をもってという
宮崎:
命がけの愛によって突破していくそういう物語
ロマンティックでしょう?
伊集院:
僕はまったく別のところで ものすごく心が揺さぶられたのは
比喩表現とかで 人間の心の中の 闇とか
もっと言うと 心にブラックホールのような
どんな言葉も届かない、そういう闇を抱えちゃった人たちがまさに今現代
とてつもない事件を起こすようなことがあるじゃないですか
それに対して そのブラックホールを打ち破るのは命がけの愛だっていう事に
ちょっとグッときちゃって
宮崎:
いろんなおぞましい様相とか、地獄絵図を描いたとしても
最後、人間に対する肯定というのは出てくるんです
だから、その読み方はとても正当だと思います
光:
この SF の中に 今世の中にあるパーツでなかなか解決できないことを
解決してくれる何かがあるというのはバチっときましたね
次回