毎日新聞「時代の風」に登場する藻谷浩介氏(日本総合研究所主席研究員)
の論調はデータを根拠に極めて説得力がある。
一関商工会議所では、これまで新春講演会に二度も招聘しており地方の
経済界からも氏の主張は歓迎されているようだ。
その藻谷氏が今朝の「時代の風」欄で紹介していたアベノミクスに関する
日銀元幹部のコメントを読み、核燃料サイクルや沖縄の辺野古移設同様に
「数兆円の無駄使い」が公然と行われていることに驚きを隠せなかった。
「行き過ぎた円安 政治家主導のツケ」毎日新聞「時代の風」 2023/9/24)
1米ドルが140円台後半という、極端な円安が続く。世界銀行算定の購買力
平価ベースのレート(物価が同じになるように計算したレート)では、1米
ドルはおよそ100円なので、円安は5割近くも行き過ぎだ。
円安は海外の商品を高くする。おかげで海外旅行は、すっかり高根の花だ。
しかし、石油や石炭、天然ガスなど化石燃料の輸入は、旅行とは違ってやめる
わけにはいかない。
東京電力福島第1原発事故が起きた前年の2010年と22年の財務省貿易統計の
比較で、日本の化石燃料輸入量は4億4500万トンから3億9800万トンと約1割減
った。再生可能エネルギーの増加に加え、低燃費車の普及などの省エネが、原
発停止分をカバーしたばかりか、燃料使用の総量まで減らした。
だが、1割減という程度では、化石燃料の単価高騰はもちろん、円安のマイナ
スインパクトを到底吸収できない。21年に15兆円だった化石燃料輸入額は22年
には31兆円に跳ね上がった。
この16兆円もの国富流出のごく一部の額でも補助金とし、省エネ促進・再エ
ネ利用を加速していればと悔やまれる。原発再稼働という、実現しても国内の
エネルギー所要量のごく一部しか賄えない策への拘泥が日本経済の体力を削っ
ていく。
円安は輸出を増やす。1ドルが平均110円だった21年と、平均131円と円安に
なった22年を比較すれば、輸出は82兆円から99兆円へと17兆円増加して、史上
最高を更新した。しかし輸入も81兆円が115兆円へと34兆円も増え、貿易収支
は大幅な赤字に転落している。過度の円安はかえって国際収支を悪化させると
いうのが、令和の現実だ。
本来は、欧米に倣い金融緩和を手じまいすることで、円高に誘導すべきタイ
ミングだ。だが緩和を見直すと金利が上昇し、国債や株式の市場価格が下が
る。これは国の財政難や株式不況を引き起こしかねないのみならず、日銀の
財務内容も大幅に悪化させる。日銀は、国債や株式を大量に買い込むという
先進国はどこもやっていない禁じ手を、第2次安倍政権に強いられてしまった
からだ。
日本経済をこのような窮地に立たせたアベノミクスがいかに愚策だったか。
それを政権内外の13人の識者にインタビューし、わかりやすく暴き出した
本が、原真人(まこと)著の「アベノミクスは何を殺したか」(朝日新書)
だ。筆者への短いインタビューも収録されているため、同書を本紙で紹介
することは、これまで控えてきた。しかし他の識者諸氏のインタビューの中
にこそ、やはり注目して読まれるべき内容が満ちている。
アベノミクスとそのバックにある「主流派経済学」の、どこに経済理論と
しての欠陥があったのかは、巻末にある経済学者、小野善康氏へのインタビュ
ーで理解されるだろう。その上で注目されるのは、当事者だった日銀の元幹部
の、まるで第二次大戦を山本五十六が総括するようなトーンの告白だ。「効果
のないことはわかっていたが民主主義国家である以上、やっても効果がないと
いうことを国民に証明するためにも、やれるところまでやるしかなかった」と
言うのである。
この発言は以下のような、ある意味で正しい理解を素直に示す。「無謀な政
策遂行の責任は、それを強く主導する首相を支持した有権者にあるのだから、
そのツケを国民各自が払うのも仕方がない」と。だが、安倍氏こそ真の指導者
だと浮かれた者たちが、「自分たち安倍氏の岩盤支持層こそが、日本経済を壊
した張本人である」と自覚することは、果たしてこの先あるのだろうか。
対して現政権の政策は、伝統的な官僚主導だ。「任期を超えて、長期的に実
現を目指す」というような工夫や練りは感じられない。どうやって国民があき
らめるまで目くらましをし、目先の課題をしのいでいくか、ということにエネ
ルギーが注がれている。改造内閣の副大臣や政務官に次の大臣候補たる女性の
登用がないという一例を取っても、未来の日本をどうしたいのかという長期ビ
ジョンは見えない。
見識なく無謀に走るリーダーか、調整はすれどビジョンはないリーダーか。
いずれかしか選べないというのが、本当に日本の実力なのだろうか。そんな
はずはないと思うのは、筆者だけなのだろうか。