さて、「カラマーゾフの兄弟」には第六感と申しますか、カン働きが鋭い人間が二人出てきます。癲癇の持病のあるスメルジャコフと宗教的傾向のつよい末弟のアリョーシャです。この二人がイワンをどう見ているか。小説の記述にしたがって(ということは作者の意図を探りながら)追っていきましょう。
第四巻第11編「イワン」は事件後町に戻ってきたイワンの動向を書いています。以下亀山郁夫訳で見ていきます。この編は250ページもあります。以下の引用で示されたページは亀山訳のページ番号です。
アリョーシャが監獄に収容されているミーチャを訪ねます。いざ帰るときになってミーチャは彼に真剣に尋ねます。245ページ<o:p></o:p>
「アリョーシャ、おれにほんとうのことを言ってくれ。神様の前に出たつもりで。おまえは、おれが犯人だと信じているのか。云々」<o:p></o:p>
・・・・・・・(地の文は省略、しかし重要)<o:p></o:p>
「兄さんが犯人だなんて、一瞬たりとも考えたことはありません」
長くなるから会話の前後にドストが書いた会話を修飾する地の文は省略したが重要である。以下の引用でもすべてこれらの修飾文に細心の注意を払って読むべきである。
一方アリョーシャはイワンをどう見ていたか。ミーチャとの会見の後、彼はカテリーナの家を訪れてそこでイワンと偶然遭遇する。ここでカテリーナがイワンは最近幻覚症に悩んでいる、と彼に告げたことは重要な伏線である。 カテリーナの家を出た兄弟は道すがら会話をしている。そのとき、イワンが聞く。
「じゃあ、お前は、いったいだれが殺したというんだね?」<o:p></o:p>
・・・(地の文)
「兄さんは、ご自分でだれか知ってるでしょう」低いしみじみとした声でアリョーシャは言った。
「だれなんだ?例のくだらん作り話のことを言っているのか。気が変になったあの癲癇やみのばかの仕事だとかいう? スメルジャコフ犯人説だが?」
アリョシャは全身にふるえが来ているのを感じた。
「兄さんは、ご自分でだれか、知ってるでしょう」力なく、言葉が口をついて出た。息が切れていた。
「いったい、だれなんだ。だれなんだ?」ほとんど凶暴な調子で、イワンは叫んでいた。それまでの沈着さが、一瞬にして消し飛んでいた。
「ぼくが知っているのは、ひとつ」と、アリョーシャは、あいかわらずほとんどささやくような声で言った。「父を殺したのは、あなたじゃないってことだけです」
引用が長くなるのでここでやめるが、続く数ページはきわめて重要である。ドストの芸術的、小説家的が発揮されている。アリョーシャは神のような直感でいう『あなたじゃない(イワンの第一人格ではない)。犯人はおまえだ(イワンの第二人格あるいは分身)。』と正直に兄に告げているのである。
残された、解明すべき問題は
甲:アリバイを崩すこと、これは後述するが可能であると思っている。
乙:「精神病理学的」にイワンのような存在が可能であるか。夢遊病者が夢遊中の行動をまったく記憶していないことから、容易に根拠付けられると考える。また、近頃しきりに言われる人格障害にも類似の事例はあるようだ。
次号をお楽しみに<o:p></o:p>