「アイテテ!」と横溝忍がキッチンで叫ぶ声が聞こえた。はじめて彼女のマンションでセックスをした翌朝である。あとはシーンとしている。朝食でも用意しているのかいままで食器のぶつかる音がにぎやかにしていたのがシーンと静かになってしまった。
漫然とテレビを見ていた三四郎は包丁で指でも切ったのかとソファから立ち上がって様子を見に行った。彼女がテッシューで額を押さえていた。テッシューをはがすとうっすらと赤い染みがあった。
「これで額を切っちゃった」とシステムキッチンの上に開きっぱなしになった食器棚の扉を指差した。「チマチマしたキッチンでしょう。よくこの扉の角で頭を打つのよ、注意していても時々うっかりしてね」
「あんまりユーザーフレンドリーな設計じゃないね。使用者の動きとか背の高さなんか配慮して設計していないな」
「そのとおりよ」
「とにかく手当てした方が良いよ。薬はあるんだろう。きれいに拭いて消毒しておいた方が良い」
「うん、そうしよう」彼女は居間に行って収納棚を開けると薬箱を取り出して傷口にチューブに入った薬を塗るとその上に絆創膏を貼った。
「冷蔵庫がからになりかけていて、何も無いんだけど卵が二つと食パンが二切れしか無いのよ。目玉焼きとトーストが一枚しか出来ない。それとコーヒーぐらいで悪いんだけど。あとは冷蔵庫になんにもないのよ。ごめんね」
ごめんねといわなければならないのは三四郎の方であった。まさか泊まることになるとは思わなかった。遅くとも日付が変わらないうちには帰れると思っていたのだ。それがカラスが鳴くまで眠らなかったのだ。カラスの鳴き声に驚いてシャワーで汗も流さず二人とも泥の様に眠ってしまった。テレビを見ると朝のニュースショーが終わるところだった。
朝食を食べながら彼は言った。「今度買ったマンションではキッチンの使い勝手なんて注意して見ていなかったけど、ここよりから広いのかな」
「同じようなものかもしれない。新しく出来るマンションは色々な所でコストをカットしているから」
「ふーん、まあいいや。あんまり家で食事を作ることもないから」
彼女はにぎやかにコマーシャルを流しているテレビを見てリモコンで一渡り各局を探したがニュースショーが終わってどこもコマーシャルをやっていた。
「ニュースは終わっちゃった。新聞を読みたいでしょう。取っくるわ」と言った。
彼は気が付いた様に「会社に行かなくていいの」と聞いた。
「水曜日はモデルルームは休みなの」というとドアを開けて新聞を取りに行った。