全体の半分強を読んだところで感想を。執事という「英国特有の」職業倫理を極端に戯画化するまでに描いた小説でしょうか。連想するのはレイモンド・チャンドラーの描く私立探偵の硬直したともいえる職業倫理でした。
主人公である語り手のスティーブンスによると、執事というのは英国特有の職業です。ほかの国、フランスやアメリカでは召使しかいない。ちょうど武士が日本特有の職業というか身分であるように。そういえば、チャンドラーに出てくる富豪の依頼人の執事は英国人でした。執事を雇うなら英国人を、とアメリカ人も思っていたようです。ちなみに、村上春樹氏によるとイシグロ氏もチャンドラーの愛読者だそうです。
筆者によると執事という職業は消滅したらしい。名前は残っているかもしれないが。小説を書くにあたって筆者が取材した材料はなんだったのか。一つはかっての名執事の回顧でしょうが、イシグロの二世代前に消滅したらしいから、かっての名執事の妻や、娘への取材だったと推測する。この本は献辞に「ミセス・リノア・マーシャルの思い出に」とある。小説中に伝説中の名執事として名前の出ているマーシャルの縁故者でしょう。
イシグロ氏は長編第一作の「遠い山並みの光」で王立文学協会賞を受賞。第二作「浮世の画家」でブッカー賞の最終候補、本作でブッカー賞受賞ということですが、三作品を比較するとやはり「日の名残り」が一番でしょう。その次が「遠い山なみの光」だと私はおもいます。「浮世の画家」が最後までブッカー賞を争ったというのは意外です。英国受けのする要素があったのかな。
執事道とは隠密同心風に言えば「お役目いかにしても果たすべし」とでもいうところか。
「葉隠れ」の大英帝国版というべきか。構成も巧みだし、筆力もさえてきています。