穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

83:屁でためす

2020-04-09 17:29:18 | 破片

 どうしたらいいんだろうね、と誰かが言った。
「かからない用心は三密をさけろなんていってるね。このごろでは人との接触を八割減らせなんて、お経みたいなことをいう政治家もいる」
「問題はかかっても自分で分からないということだろうね。余計に不安になる」
「においが分からなくなるって云うじゃない」と憂い顔の長南さんが言った。
「なんの症状もまだ出ていないのににおいが分からなくなったら危ないのかな」
「ほかに原因もないのににおいを感じなくなるのは明らかに異常だからね」
「俺は子供の時にひどい風邪をひいて、においや食い物の味が分からなくなったことがあったな。親父が医者でそういったらバカに慌てていたな」
「花粉症なんかでにおいが分からなくなるって云うわね」とママが言った。
CCが思いついたように発言した。「女がダイエットをするとにおいを感じなくなりますよ」
一同が不審そうな顔をした。どうしてだい、とJSが聞いた。
「極端なダイエットをすると栄養が偏る。とくにミネラルが不足するらしいんですよ。亜鉛だったかな、あれもごく少量でいいが体内に無くなると味覚や臭覚障害を起こすらしい」
「するってえと、若い女には臭覚障害が多いんだろうな」
「そのとおりです。だから香水をつけてもにおいを感じない。そこでこれでもか、これでもかと安香水をジャブジャブかける。においを感じられるまでね」
「ははあ、若いのにビショビショになるまで香水をかけないと安心できない女がいるね。あれはそういうことなのか」と卵頭が気が付いたように言った。
忘れちゃいけませんぜ、とJSが注意した。臭覚は加齢とともに衰える。痴呆の進行度と大体おなじらしい。
「まったく、ばあさんの中にはこれでもか、これでもか、と白粉を塗りたくるのがいるね。どうだ、恐れ入ったか、におうだろうってね、威張ってる」
皆さんは大丈夫ですか、臭覚のほうは、と第九が問いかけた。
おれも心配だからさ、毎日確かめているんだと卵頭が言った。
「コーヒーのにおいをかぎますか」
「いや、家ではコーヒーを飲まない。それに魚の干物みたいにマンションの隣の部屋にまでニオイが侵入してくるものはもともと家族全員が嫌いなんだ」
「それじゃ困りましたね」
「それでさ、ガスのにおいを試した」
「ガスって都市ガスですか」「そうよ」
「臭いはないでしょう」
「点火すればにおわない。だからガス栓を開けて火をつけないで顔をレンジの上にもって来るんだ」
「危ないな、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃなかったな、嫌な臭いは嗅いだんだが、すっと気が遠くなって流しの床に倒れてしまった。気を失ったんだよ」
「えれえこった」
「生ガスはどんどん出る。ガス検知器はがなり立てる。火災警報器がマンション中に鳴り響いたな」
「無事だったんですか」
「救急車が来てさ、病院に連れていかれたよ」
みんな呆れかえった顔をしていた。
「それでさ、自分の屁で試すことにしたんだ」
「へえ」(一同)
「そんなに都合よく出ましたか」と第九が心配そうに聞いた。
「いや、出ないね。都合のいい時にでるものじゃない。都合の悪い時に出てきそうになる。それにさ、いつもにおうわけじゃない。全然無臭の屁というものもある」
「たしかにあるな」
「それでサンプルを増やすために孫娘にも協力させているんだ」
「どうやって」
「屁が出そうになったら我慢して俺のところに来て嗅がせろってな」
「お孫さんはいくつなんですか」
「当年とって24歳の独身さ」
「それで協力的ですか」
「俺の言うことは何でも聞くのさ」
「それで今のところ臭覚は異常なしと」
「そういうことだ」