穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

150:立花は本命狙いで運を呼び込んだ

2020-11-07 09:59:42 | 破片

 第九がスタッグカフェ「ダウンタウン」に行くと立花はもう来ていてCCを相手に競馬の自慢をしていた。

「本命狙いに変えてからあたりが続いてね」

CCが羨ましそうに聞いている。「立花さんは穴狙いだったんじゃないですか」

「そうなんだ、大穴用のシステムを開発してね。時々百万馬券を当てた。しかし、どうも折り返しが長いんだよ。長期的な収支ではトントンになるんだが」

「それはそうでしょう、大穴狙いで毎週的中していたら大変なことになりますよ」

「年をとるとせっかちになるんだろうな。どうも大穴狙いのマチが待てなくなった」

「それで本命狙いに変えた?」

「そうなんだ」

「しかし、本命狙いと言うのは難しいな。僕もそれでやったけど、あれでなかなか的中しない。かすることは多いんですけどね。本命になる馬はそれなりに根拠があるから掲示板には載るけど毎回勝つまでは難しい。それが中央競馬会の狙いだなのろうけど。本当に競馬というシステムはよくできていますよ。本命狙いがバシバシ的中しだしたら競馬の開催は不可能になる」

「だからさ、今俺が好調なのも全くの運という可能性がある。そのうちに当たらなくなるかもしれない。そうしたらやめるさ、その見極めが難しい」

「そうですね、そこの判断の正確さが競馬巧者と普通のファンとの違いですよね」

 入ってきた第九を見て、立花は自分の席の横にスペースを作った。「どうです、専業主夫は、コロナで失業することはないんでしょう」

「ええそれはね、しかし一年契約ですから先はどうなるかわかりません」

「ははは、それで今度の契約更新日は何時なんですか」

「来年の一月十五日です。ところで例のハイデガーの技術論ですけどね」と言いながら彼はショルダーバッグを肩から外して、中からプリント数枚をとりだして立花に渡した。

「内容がイロモノじゃないからみんなに話しても興味がないでしょうから、気が付い点をメモしました。お暇なときにでも読んでください」

「それは、それは」と立花は受け取るとざっと目を通した。「なるほど、あとでじっくりと読ましてもらいましょう」

 三篇の講演記録のうち、『物』と『建てること、住むこと、考えること』は前回までに書いたから、読者には『技術とは何だろか』についての第九のメモを示そう。

 精神分析学初期の双峰の一人であるユンクはハイデガーをサイコパスであると診断している。さすればハイデガーを理解するためには彼を開頭して、頭の中身を調べなければならない、と第九のメモは始まっている。