白髪が球形の頭部を覆った出席者が発言した。
「A>A!という説は検討に値しますね。しかし、そういう現象が同時に突発的にかつ大規模に、集団的に発生した理由が問題ですね」と言った。
彼は『何でも評論家』という異名を持つ在野の『ノンフィクション・ライター』である。この分科会に色を付けるためにメンバーに選ばれている。別名『知の巨人』とも言われている舘隆志である。
「そうなんだ、こういう通り魔という輩は昔からいたんだよ、しかし何時の時代もごく少数派だったんだ。これが地上を覆うように発生したのはやはり異常だな。まるでキノコの異常繁殖だ」
と哲学者の大阪は同調した。
「そうすると病理学的現象でしょうか」と乙は確認するようにコメントした。
「さあ、その辺は自然科学分科会で病理学者の意見を求める必要があるところだね」
「そういえば、妙な噂を聞いたことがある」と舘が発言した。「なんでもタコが人間知能の人工的改良を試みたというのだ」
それで、と誰かが聞いた。
「その結果は分からない。公表されていないからおそらく失敗したのだろうね」
「その結果がフランケンシュタインみたいな作品で、かつ繁殖力を持ったまま、野に放たれれば大変なことになるね」
「ま、噂ですけどね」
「その実験と言うのは何時頃の話です。最近ですか」
「さあ、相当昔らしい。三百年くらい前らしいね」
「三百年前と言うと性交による妊娠出産は禁止されて久しいでしょう。しかももう千年以上にわたってアノニマスな精子のプールと卵子のプールから人間は出産されている。スタッドブックは厳重に管理されているから、そんなことが出来るのだろうか」と鬼薊が疑問を口にした。
「あくまでも噂ですよ」
「しかしタコの世界でもそういうマッド・サイエンテストはいたのかもしれないな。厳重な管理の網を潜り抜けてそういう禁断の実験を試みたのかもしれない」
「正式に善意でタコの公的機関がそういう実験をする可能性はありませんかね」
「さあ、どうかな、まず無いでしょう」
乙が問題を提起した。
「もし、そういうことがあったとしてどういう方法をとりますかね」
しばらく一座は沈黙した。あたりまえである。そんなことは考えつかない。
「この問題は自然科学分科会に投げかけるのがいいでしょう」と乙が書記のほうをみながら言った。
「考えられる人間改良の方法としてはハイブリッドがあるね」と舘がコメントした。
「なんです」
「異種間交配ですよ」
「馬とロバを交配してラバを作るような?。とすると人間の精子とタコの卵子を使うとか」
「いや、それは無いでしょう。何しろ進化の時計で言うと人間とタコには五百万年のタイムラグがある。無理でしょう。進化の過程で人間より数万年あるいは数十万年進んだ生物との人工授精とかが考えられる」
「そんな動物がいるんですか」
「勿論地球上にはいない。しかし広い天体のどこかにはいるかもしれない」