穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

どこから始めるか

2023-12-17 12:51:57 | 小説みたいなもの

老人は真っ新なノートを広げて1時間余りも思案していた。短い冬の日は傾いて外は薄暗くなり始めた。夕方から吹き始めた冷たく強い風は最後まで枝にしがみついていた病葉を吹き散らしていた。

どこから始めたらすっきりと纏まるか、結論がでない。やはり13歳のわたくし版ベランダ事件から始めるのが筋かも入れない。しかし、その不可思議な事件の発生には伏線があるはずだが、それが分からない。何十回とトライしたがうまく説明がつかないのだ。

思い切って少しさかのぼって記憶を探るのがいいのかもしれない。そうだ、兄が地方勤務からかえってきたのがその前年あたりだった。兄は建設会社に勤めていた。九州の支店をぐるぐる回っていたが、そのころ東京に帰ってきたのだった。もちろん結婚して別に家庭を持っていたのだが、ちょくちょくと家に顔を出していた。

この兄が訪れるとなにか空気が変わる。いつかその前か後かはっきり覚えていないが、ひょっこり帰ってきたことがある。そんなことを思い出した。なぜかというとその直後に近所の人の自分を見る目が違ってきたのを感じたのだ。どういう風にというのは説明するのが難しい。

なにか自分のことを悪く言っているのではないか、という感じがした。もちろんはっきりと説明はされない。しかし、雰囲気が変わったというのは感じられるほどの変化があった。もちろん、一瞬のことであって、すぐに忘れてしまったが、何かに連れて思い出されるのである。

この兄はよく「この家は乱れている」と唐突にいうことがあった。どういうことなのかは説明しない。いわれて、一瞬相手に説明を求めようとしても、はぐらかす様にほかの話題にすり替える。

父は妻運がなくて三度結婚をしている。兄は最初の妻の子であり、私は最後の妻の子である。この兄は父のことを何時も口汚くののしっていたので、「この家は乱れている」と説明も何もなしにいうときに、この三人の妻との結婚と関係があるのだろうと推測するしかなかった。

この兄は特に私に対する反発警戒が強かった。というのも二番目の妻との間には子供がなく、私のほかに三番目の妻には男の子は無く、妹しかなかった。そのために私に対しては猛烈に競争意識が強かった。

母の実家の祖父が誕生祝に送って来た兜を母が床の間に飾ったのに猛反対したという。私が家を継ぐと邪推したのだろう。母の死後遺品を整理していて押入れの上の袋戸棚がらその兜がでてきたのである、飾られないで長い間しまわれていたのである。私の妹に対しては女だからと安心していたのか、そんなに激しく反発はしなかったようであるが父親、母親や私に対しては悪口をまき散らしていたようだ。

 

 

 

 

 

 


序のないカフカ

2023-12-17 07:57:11 | 小説みたいなもの

能の作者の誰かだったと思うが、序破急ということを言った。小説の場合にもほとんどの場合当てはまる。しかしカフカの大部分の作品では序がない。破急とくる。小説の場合、最後に序が来るものがあるが、そういう倒叙法もない。だから世の中は理由もなしに不合理なことが起こると解釈するのがおおよそらしいが、これは間違っている。序を読者が考えなければいけない。この辺を解説した評論家は皆無ではないのか。

たとえば、長編小説「審判」は理由も分からずに主人公が審判にかけられる。なんども裁判が開かれるが最後まで、なんで裁判にかけられたか書かれていない。想像力だけは発達している評論家たちは、これはナチなどの来るべき独裁政権を予想したものであるという。糞飯ものである。カフカは善良な公務員であり、反政府的な意図や行動は見られない。

余談であるが、カフカには「判決」という紛らわしい名前のごく短い短編があるが、これには父の非難の根拠が示されている。そうして息子に入水自殺の判決を下す。おそらく序破急の伝統的構成を取ったカフカの唯一の作品ではないか。


父への手紙余話

2023-12-17 07:44:48 | 小説みたいなもの

父への手紙は新潮社カフカ全集(1980年刊行)にあるらしいが、今では古書か大きな図書館にしかないらしい。それでWikipediaをあさっていたら見つけたので早速ダウンロードした。しばらく読んでいて不振に思った。まず英語が全然なっていない。内容は粗悪品と言っていい。

それで注意してみたら個人のブログらしい。訳者名は西欧人らしいが、英語を母国語としている人間とは思えない。そして、最後にもっと読みたかったら金を払ってログインしろときた。勘弁してくれよ、とプリントしたものを破いて捨てた。