色々と雑用が続いて十日ほど図書館に寄らなかった。久しぶりに富士川老人を図書館の閲覧室で見かけた。デスクに上半身を寄りかかって呆然とした様子である。老人を見るのはひと月ぶりであろうか。彼の顔色は黒ずんで少し痩せたように感じられた。
対面して座ると「しばらくお見掛けしませんでしたね」と声をかけた。彼ははっとしたように我に返って、デスクから顔を上げた。「やあ、久しぶりですね」と呟いた。
「ほんとに、しばらくお見掛けしませんでしたが、お元気でしたか」
「いや、それがね、急に発作に襲われて一週間ほど動けませんでした」
私は驚いて「一体どこが悪かったんですか」と問い返した。
彼はいたずらっぽくしばらく私の顔を見返していたが、「分からないんですよ」と言った。私はあっけにとられて彼の顔を見つめ返した。
医者はどういっているんですか、と尋ねると彼はいたずらっぽく「医者にはいかないんですよ」と答えた。「じっとしているうちに元に戻ったのでね」
「へえ!」
「しかい顔色は少し悪いようですよ。すこし痩せたようですね。病院で検査してもらえば原因も分かるでしょう」と私は勧めたが、老人は黙って笑っている。世の中には主義として医者を毛嫌いする人間がいるが、彼はその一人らしい。