穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

哲学者のののしり方

2012-03-31 22:57:03 | 書評

そういえばショペンハウアーもヘーゲルを講壇哲学者とののしったではないかと言われそうです。

ののしり方にもおのずから隠そうとしても隠せない品格があるんですね。ショーペンハウアーのは、江戸っ子が啖呵を切るようなスカッとしたところがありますね。成島柳北の戯文みたいにね。

ハイデガーのは土方がどろんこの農道ですごんでいるようなところがありますな。この辺がののしっていてもおのずから品格、素性が現れる所以でありましょう。