あの時以来、三四郎は昼夜が逆転したようだった。昼間は気の抜けたビールみたいに茶色く淀んでいる。泡の残骸がグラスの上部にこびりついている。母が写真好きで何かと言うと写真を撮った。「なにか」理由がなくても気が向くとカメラを家族に向けたのである。それらの写真を見ると三四郎はまるでぼんやりとした表情で生気がない。不活性化した核弾頭みたいな顔で写っている。
そのかわり夜間は活性化するらしい。「らしい」というのは彼自身には分からないのである。全然自覚がないのである。大声で寝言を言うらしいが、まったく夢も見ないから本人は自覚がない。もっとも夢は見ているのかも知れない。ただ夢の記憶が全然残っていない。目覚めると抑圧されてしまうのかもしれないのだ。
母によるとまるで、かたきに襲いかかる時の様にはげしく歯ぎしりをするというのだ。ただ覚えている夢の記憶もあることはあるが、それは大声で寝言をいったり、地団駄を踏む様に激しい物ではない。むしろ穏やかな至福と言っても良い記憶が再三にわたって夢裡に出現するのである。
場面が暗闇から光の中へと一転するのである。その夢というのは彼が小学校に入ったばかりの頃、どういう理由からか、おそらく父と母との不調和がまだ尾をひいていたのだろう、母の実家で一年近く過ごしたことがある。たぶん着いた日の翌日であろう、庭から防風林を抜けて田んぼに出た時に景色が一変した。祖父の家はまだ家にいた叔母や叔父達で手狭だったので、祖父の持ち家である郊外の農家にしばらくの間過ごしていた。
夢に出てくる風景はおそらくその時の記憶だろう。暗闇はもちろん東京の家を表す。庭をかこっている高い木の間の隙間を抜けるとレンゲや名も知らない彩りも華やかな草花の咲き誇る緩やかな土手があり、その麓には用水路を兼ねた澄んだ幅が二メートルもない小川が流れていた。その向うはまだ青々として稲田がはるか彼方にまで広がっていた。
太陽は一面に降り注ぎ、はるか彼方から緩やかに湾曲しながら流れてくる小川の岸辺に点綴する木々は粲粲として栄に向っている。三四郎はうっとりとして無垢至福の時に身を任せるのである。
三四郎はラジオを小さな音でかけっぱなしにして寝入ってしまうことがあった。深夜ふと目が覚めると童謡が流れている。気が付くと彼の目から涙が枕の上に流れ落ちていたのであった。宋の詩人がうたったように、まことに夜半力あり、であった。