穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

第D(12)章 パターン

2016-08-28 09:40:08 | 反復と忘却

俺は勤め人をやめてから遅く家を出る。もう管理人は出勤している。朝の巡回や掃除が終わったらしく彼は管理人室のガラス戸の向うにいた。目が合ったら何時もと違って軽く会釈してきた。こちらも反射的に会釈を返す。この間の偽NTT職員撃退のこともあるから,このごろではいる時には愛想良く挨拶することにしている。 

まったく、彼が慎重であったおかげで助かった。うっかりしていると盗聴器を仕掛けられるところだった。管理人もそれから、なんとなくこちらに親近感を示す様になった。俺がなにか情報関係の仕事をしていると勘違いしたらしい。自分のかっての仕事と同じことをしていると思い込んだようなのだ。それからは、向うが見ていると思うと、そのまま素通りせずに相手がいる時はかるく挨拶するようになったのである。

サラリーマンをやめたから当然ライフスタイルも変わってくる。最初のうちはその日その日でバラバラだったが、その内に大体パターンが決まって来た。朝は遅くまで寝ていたいのだが出来ない。彼の部屋は東向きで場末だからまだ周りにはマンションはすくない。八階の東向きの部屋には天気がいい日は、強烈な朝日がカーテンを通して室内に侵入してくる。

夏には四時過ぎには室内はもう電灯をつけたように明るくなる。かれは部屋が明るくなると寝ていられないのである。カーテンをもう少し厚いのにすれば少しは違ってくるのかも知れない。とにかく、そういうわけで遅くても六時にはベッドから出る。夏は五時前に起きだす。朝はトーストかオートミールですます。それからどんぶり一杯に濃厚なインスタントコーヒーを淹れる。そこへ砂糖を二十グラムほどぶち込んで一時間ほどかけて飲むのである。ときにはアスピリンをサプリメント代わりに二、三錠かじる。

それから昨日の朝刊を床の上から拾い上げて読む。不動産の行商人と新聞販売の勧誘員は相手にしない。インタフォンをうるさく鳴らしても相手にしない。新聞は外出した時に駅の売店で買うのである。夕刊は買わない。それを読まずに家に持って帰る。新聞は床に放り出しておいて翌朝読むのにとっておく。

三日に一度は髭を剃る。頃合いを見計らって昼飯を食いに出る。自炊はいろいろと面倒だからしない。いっときはやってみたが食材が余ってしまってどうしようもなくなったので止めてしまった。勤め人で溢れる時刻をやり過ごして飯屋に入る。その後は夕方まで街をほっつき歩く。

いっときは暇つぶしに旅行をしきりにしたが、旅行をすると、一日の時間配分に無駄が出過ぎるのでこのごろは町中を「日和下駄」している。自転車にぶつからない様に大体裏町の路地を伝って歩くのである。

 


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