穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

138: 比喩の下手なのは知能の低さを表す

2020-09-18 07:50:01 | 破片

「どういう所が面白くなかったんですか」と第九は下駄顔に質した。

老人は顔をぴしゃぴしゃと叩いた。まるで力士が立ち合い前に気合を入れるように、というより、神経に刺激を与えるように。

「この作者は馬鹿ですな」と彼は切り捨てた。

「なるほど」とガブリエルの本を読んでいない全員は賛意を示した。老人のいうことには敬意を示さなければならないというように。

「アタマの良し悪しはたとえ話の作り方で分かる。だから馬鹿でも自覚している人間はなるだけ比喩を使わないように用心するものだ。ところろがこのガブリエルという男はたとえ話が好きなんだな。そのたとえ話が地の文章とどうつながるのか分からない」

「常にですか」とみんなはあきれたように聞いた。

「まあ、ほとんどだな」

「アタマのいいひとは比喩を効果的に使うためには滅多に比喩を挿入しない。ここぞというときを見計らって挿入する。それもキレのいいやつをね。それは哲学でも小説でも全く同じだよ」

 エッグヘッドが頷いた。「ここで引き合いに出すのはどうかと思うが、聖書の中の比喩は超一級品だね。短くて実に印象的ですぐに記憶できる。キリスト教が古代の終わりにほかの有力な宗教に勝ったのは絶妙な比喩が聖書にちりばめられていたからかも知れない」

「ところがさ、このガブちゃんは二、三行地の文を書いたと思うと一ページも二ページもたどたどしいたとえ話を続ける。それも続けてこれでもか、これでもかと二つも三つも続ける。その意味が不明だから直前に読んだ本文の趣旨なんかアタマから吹っ飛んでしまうのさ」

「そうなの、それから文章にやたらと引用文が多いのも読みにくいわね」

みんな彼女を見た。「これだけどさ」と彼女はテーブルの上にある「思弁的実在論入門」を指ではじいた。「もっとも、これはゴールドスミス校で旗揚げ講演をした四人の発表をハーマンがまとめたから、ほかの三人に怒られないようにやたらとコピペしたのかもしれない。それにしてもコピペしなくてもある程度は正確に自分の文章で紹介できるでしょう。コピペをやたらにすることは学生が指導教官に褒めてもらうために使う手でしょう。とにかく読みにくくってしょうがなかったわね。

他人の主張を正確かつ客観的に把握しているという自信があれば、学生の論文みたいに文章の大半をコピペで埋めるべきではないわね、どうなの」と彼女は哲学での立花先輩の顔を見て言った。

「そのとおりだよ、やたらとコピペをするのが無難だと思っているのは小心ものだな」

 



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