父母未生とはどういうことであろうか。ここは父母未詳ならうまく繋がるんだがな、と翌朝目が覚めると三四郎は考えた。父母未生以前とは父母が生まれていない前という意味だろう。つまり祖父祖母以前ということなんだろう。本来の面目とはなんだ。主語は何だ。当然に公案を与えられた「おまえの」ということだろう。つまり回答を考える「自分の」と考えるのが普通だろう。
その面目はなんだ、というわけだ。面目は本性と捉えていいのかな、と三四郎は考えた。まず問題が何を聞きたいのかとらえなければ話にならないと彼は思うのであった。
こういうことかな、と段々朝日が差し込んで来た網代天井を見ながら彼は以下の様に総括した。
「とおちゃん、かあちゃんも生まれる前にお前は一体なんだったの」、これでよろしいか、と彼は訊いた、見えない質問者に。答えは簡単だ。「何でもない」ということだ。それ以外に考えられるかね、と彼は見えない問題作成者に反問したのである。
これではどうも問題が簡単すぎる。一癖も二癖もある禅坊主がこれじゃ納得しないだろうと三四郎は溜息をついた。蒲団から起き上がると遅い朝食を一人で食って神田の予備校に行った。数学の講義の間も公案を考えていた。仏教では輪廻転生ということを言うらしい。キリスト教では魂は不滅であると言う坊主がいるらしい。すると、『父母未生以前 おまえは何だったのか、豚だったのか、絶世の美女だったのか、ゴキブリだったのか、とかそう言うたぐいのことを聞いているのかも知れない。
いわゆる前世体験だとか前世記憶のことを調べろと言っているのかも知れない。しかしこれは分からんぜ、と三四郎は諦めた。LSDかなんかをやってラリって前世にサイケデリック・ツアーでもしないことには分からんぜ。ひょっとしたらサメだったりして。
まてよ、とまた三四郎にアイデアが浮かんだ。人間は、人間でなくても生物は遺伝子で繋がっているわけだ。いまではDNAとかいうのかな。ミトコンドリアなんてのも神代の昔から連綿としてリレーされて来ているらしい。そうすると、お前のミトコンドリアは父母未生以前は何だったかと聞いているのかな
それにはじいさん婆さんがどういう人生を送ったか知らなければならない。ところが彼はそんなことは何一つ聞いていないのだ。大体父親のこともほとんど分からないのだ。この際ルーツ探しでもするか。しかし、そんなことをしたらオヤジに一喝されるだろうな。オヤジは謎の光源だからな。