■「her/世界でひとつの彼女/her」(2013年・アメリカ)
●2013年アカデミー賞 脚本賞
●2013年LA批評家協会賞 作品賞・美術賞
●2013年ゴールデングローブ賞 脚本賞
監督=スパイク・ジョーンズ
主演=ホアキン・フェニックス エイミー・アダムス ルーニー・マーラ スカーレット・ヨハンソン
※注・結末に触れています
代筆ライターの主人公セオドアは、妻と別れて満たされない日々を送っていた。ある日、人格をもち言葉でコミュニケーションする人工知能OSが発売された。興味を持った彼は早速試す。コンピュータから流れてきたのは、それまでメール送信や検索の指示に答えていた無機質な音声ではなかった。びっくりするほど流ちょうで、ドキドキするほどセクシーで、わくわくするほどユーモアを持った、魅力的な女性の声。OSは"サマンサ"と名乗り、セオドアはすっかり夢中になっていく。セオドアは携帯端末にサマンサを入れて一緒に行動し、これまでにない楽しさを味わう。サマンサもカメラを通じて外界の世界をセオドアと一緒に楽しむようになり、人間の世界を知りたがるようになる。セオドアは、実体のないサマンサに恋をした。そしてサマンサは実体がないことを埋めようと、様々な行動をするようになる。次第にエスカレートするサマンサの要求にセオドアは・・・。
この映画の目新しさは、コンピュータと恋をするというストーリー・・・というのがふれこみだ。過去には、コンピュータが女の子に恋をする「エレクトリック・ドリーム」(84)という佳作があったが、今回は生身の男性がコンピュータの女の子に恋をするお話。でも、ほんとに目新しいのか。コンピュータやスマホアプリで男も女も恋愛ゲームをたしなみ、携帯ゲーム機で「ラブプラス」の彼女さんを連れて歩く人々がいる現代ニッポン。古くは「ときメモ」の藤崎しおり、最近なら「ガルフレ」の椎名心実に恋してる男子だっているだろう。そういう人々にこの映画(というか題材)はどう映るのだろう。何を今さらと思うのだろうか。
この映画が優れていると思うのは、恋する相手こそ奇抜な存在であるものの、その気持ちに向かい合う男性の心理が素直に掘り下げられているところだ。実際に観て、意外なほどに素直な恋愛映画だと感じた。前半の日々高まっていく恋心。(OSだから当然だが)四六時中一緒にいられる幸せ。セオドアが端末片手に街を楽しそうに歩き回る様子は、高鳴る鼓動が伝わってくるような楽しさ。しかし、生身の体を知りたいと言い出す好奇心旺盛なサマンサの突飛な申し出に困惑し、映画後半のセオドアは次第に苛立ちを隠せなくなっていく。さらに、OSに恋をしていることを元妻に打ち明けて呆れられ、世間とのズレを意識せざるを得なくなる。相手がOSだからと言っても、独立した人格をもつサマンサにきちんと向き合えない。うまくいかないのは突飛な相手だからという理由ではない。セオドアの男としての弱さだし、恋する気持ちの暴走故の結果だ。そして、サマンサはネット上でセオドアと同様の関係にある男性が膨大な数いることを告白する。そして、「攻殻機動隊」の草薙素子や「LUCY」(奇しくもスカーレット・ヨハンソン主演作)のヒロインのようにネットの海に消えていく。
静かな余韻を残すラストシーン。そこにはセオドアに寄り添う女友達エイミーの姿がある。彼女はセオドアの理解者の一人。あるがままの自分を認めてくれる人がいるって素敵なことだ。そして、それは意外に近くにいるものだ。そんなこの映画の結末は、奇抜なテーマであったにもかかわらず王道ロマコメを観ている様な錯覚に導いてくれる。確かに素敵な恋愛映画だ。ちょっと気になったのは、性に関するエピソードが過剰に感じられたこと。女性目線だとこの映画はどう映るんだろう?。サマンサが勝手にセオドアの作品出版を進めてしまう場面に、「それ、情報漏洩だろ。それでもOSなのか。」とツッコミ入れたくなったけどww。