◾️「魔女の宅急便/Kiki's Delivery Service」(1989年・日本)
監督=宮崎駿
声の出演=高山みなみ 佐久間レイ 戸田恵子 山口勝平
社会人になって最初の盆休み。その頃、僕は学生時代に描いていた社会人生活と現実とのギャップで、やや落ち込んでいた。
「オレっていったい何ができるんだろう?」
思い上がっていた訳じゃないけど、仕事は思ったようには進まないし、うまくいかない。他の人とは比較されるし、同期に先に成果をあげた子が出たもんだから、周囲まで焦り出して。"これだけ"しかできない自分を腹立たしく思い、さらにこれから先の自分が不安で仕方なかった。
「このままでいいんだろか、オレ」
そんな盆休みの最終日に、今はなくなった映画館で「魔女の宅急便」を観た。笑っちゃうだろ?ブルーな気分の男子が一人でジブリアニメだなんて。
魔女と普通の父親との間に生まれた主人公キキ。魔女の世界のしきたりで13歳になったら自立するために旅に出なければならない。キキは海の見える街にお供の黒猫ジジを連れてやって来た。飛ぶことしか能のないキキは、空飛ぶ宅急便屋さんとして働くことになる。人々とのふれあいや様々な経験をして成長していく様子が鮮やかに描かれていく。
それまでのいわゆる「魔女っ子アニメ」の主人公が使う魔法は、他の人と違って"何でもできる"能力だった。それをいかに良いことに使えるかを学んで、成長するのが物語の基軸。そんな魔法は彼女たちを視聴者憧れのヒロインとするのに不可欠な要素だった。ところがキキは飛ぶことしかできない。しかも物語の途上でその力さえ失ってしまう。
それでも頑張ろうとするキキ。普通に暮らしている僕らが「これしかできないから」と健気に頑張る姿と何ら変わらない。キキの懸命さに、僕はいつの間にか"これだけ"しかできない自分を重ねていた。そして元気に立ち直るラストに心の中で拍手した。今の自分をこれ以上励ましてくれる映画があるだろか。映画館でわんわん泣いた。ダサいよなー、男子が一人ジブリアニメ観て泣いてるなんて。
今でもユーミンの「やさしさに包まれたなら」を聴くと、あの時映画館で感じた気持ちを思い出す。そして社会人デビュー物語を描いた映画に弱いのも、この「魔女の宅急便」がルーツにある。2016年の年間ベストワンに僕は「ブルックリン」を挙げた。だけど、いまだにレビューが書けずにいる。社会人デビュー物語は、いろいろ思い出しちゃって書けなくなる。
「ジブリアニメ何が好き?」と聞かれると、恥ずかしながら「魔女の宅急便」と答えてしまう。いい歳こいたおいさんなんだし、ロリコンと思われるかもしれないから、もっと大人向けな宮崎駿の後の作品挙げればいいのに。でも「魔女の宅急便」は、あの時の自分を支えてくれた映画。その思いはずっと変わらない。